第8回 逃走の行く末
アーマードスーツの浮遊装置は、「エアウォーカー」と呼ばれる腰についた小さな羽のような媒体だ。乾電池ほどの小さなブースターが付いており、可動式故に空中で細かい動きができるのが特徴の一つである。前後左右に飛び回れる立体浮遊装置で、アーマードスーツだけではなく、第四世代型アンドロイドの太ももにも装備として取り付けられ、世界大戦時には大いに活用された。
これだけ聞けば素晴らしいものだか、いくつかの欠点もあった。
軽量化・安定性に特化したため、浮遊装置の浮力は最大にしても地上から十メートルが限界。また、ブースターの火力も通常のホバーボードの五分の一程度しか出せなかった。
最大の欠点は、浮遊システムがとても複雑でナイーブだということ。アンドロイドを通してでないと発動は難しい。
動作パターンをアンドロイドが予測し、環境に適応させた後、作動という段階で処理しているため、もともと浮遊知識の長けたアンドロイドや処理能力の高いアンドロイドでないとどうしても動作や反応が遅い。そのため、使用人の思った通りに動いてくれなこともしばしばあるのだ。要するに、アンドロイドの性能によって浮遊装置の性能が変わる。
「目標を狙撃する。ルピー、ロック式ターゲットスコープを出して補助してくれ」
『この遠距離で浮遊装置を使ったままだと安定性がなく、ロック式ターゲットスコープでは目標ロックできませン。もう少し接近するか、浮遊装置を切るかして――』
「くそっ、このポンコツ野郎が!! もういい、もっと左に寄るんだ」
『了解でス』
彼女を抱え、猛スピードで滑走している謙蔵。彼の相棒が危険を知らせる。
『熱源接近中、熱源接近中!!』
謙蔵はスイッチスタンスーーボードを後ろ向きにして走行することーーに切り替えて後ろの様子を伺う。その瞬間、閃光のような弾丸はかれの横をかすめていった。
「ままままじかよ、打ってきやがった‼︎」
ビームライフルは、燃焼系物質のためどうしても真っ直ぐ飛んでは行かない。多少ずれてしまうのだ。スコープと合わせて修正しないと、遠距離では目標に当てることは難しい。
謙蔵の近くを黄色い光が通り過ぎていく。まるで弾丸が当たるのを避けているようだ。
そんな様子にイライラしたのか、先頭の男は舌打ちをする。
「お前ら、何やってんだ!! お前らも打て!!」
後方の二人も先頭の男の指示に従い射撃し始めた。
謙蔵の横を無数の光が絶え間なく通り過ぎていく。謙蔵はなんとかスイッチスタンスのまま、当たりそうな閃光をギリギリで避けていた。しかし、いくら距離があるとは言え、当たるのは時間の問題だろう。
――くそっ、どうすれば!!
スイッチスタンスをしていたせいでブースターを使うことができず、徐々に距離が詰められていく。なんとか浮力を上げて距離をとろうと、親指のスティックを下にさげている。しかし、
――ん、どうした!? 浮力があがらない!?
『謙蔵様、バッテリー切れのようでス。安全システム作動のため、着陸致しまス』
「ま、まじかよ……勘弁してくれ」
ホバーボードは徐々に降下し始めていく。木の葉のように力なく揺れながら落ちていく様は滑稽であった。
「ん? 目標に当たったのか? 撃ち方止めだ!!」
謙蔵は少しでも遠くに行こうと風をボードに受けながら移動するが、万事休す。地上に着陸した所は三人のトライアングルの中心だった。
「こ、こんにちわ……」
謙蔵は絶望感と恐怖心を抑えて、なんとか苦笑いを作っている。瞳には今にもこぼれ落ちそうな涙を溜めていた。
――ほんと最悪だ。