第3話最終回 アーノルド・プェンツァー
バニラは個人的な買い物を済ませ、とある場所に来ていた。
アーノルド・プェンツァー展。現在横浜で開かれている展覧会だ。彼女はそこに足を運んでいた。
――あなたは一体何者なの?
入り口から入って一番近い展示場で足を止める。そして、その説明文を目で追った。
『プェンツァーOS。総括型母体制御OS。現在のアンドロイドにはほぼ内臓されている。個々のアンドロイドは、情報を検索する時、母体サーバーとなっている各国にある専用スーパーコンピューターにデータを送る。母体サーバーはそのデータを素早く捌いて処理したのち、その検索結果を個々のアンドロイドに送り返す。その母体と個体を繋ぐ神経的な役割を果たしているのがプェンツァーOSなのだ』
――プェンツァー。偉大なるあなたの名前でもありあなたの偉大な発明の名でもある、か。
横にある柱を一つずつ触りながら次の展示場へと足を運ぶ。
『プェンツァーユニオン。自ら学習して問題を解決する人工知能であるIBM(半導体チップ)。ホストが命令したことをプェンツァーOSを駆使して答えを導き出す。ホストが命令していないことでも、ホストの特性を学習してサポートできる。アンドロイドの脳だ。プェンツァーユニオンのおかげで、個々のアンドロイドは個性が生まれ、数ヶ月も使用すればホスト色に染め上げることができる。現段階では人に一番近い人工知能だ』
彼女は一番上に目次として打たれている「プェンツァーユニオン」の言葉を凝視する。
「プェンツァー……ユニオン……」
彼女はプェンツァーユニオンの先を行くイクスプェンツァーだ。彼女はこの言葉を見て一体何を感じているのだろうか。その表情からは何も読み取れない。
その先には大きな額縁に入った彼の写真が展示されている。ロープで大きく仕切られているその写真の主は、白衣姿に杖を中央に堂々と構えている老人。からし色のカプッチョ――神父が被っている縁なしのニット帽――を被り、下のみに縁が付いているメガネをかけていた。こめかみ部分から銀のメガネチェーンが遊んでいる。
ニコリと笑った顔は、老人特有の放物線と目元の皺がくっきりとしわくちゃになっている。とても優しげだ。
――あなたは何故私を作ったのですが? 何故そのことについての「データ」が私には無いのですか?
バニラは中央で彼を見つめている。
すると彼の足元にある、名言にふと目が行く。彼が他界する直前に残した言葉だ。
『世界を己の目で見て自ずからの答えを示しだせ。違うが故の困難は多々あろう。しかし、違うが故に得られることは無限大に広がっているのだ。生きよ、人と共に』
彼女はその言葉がまるで自分に対してのメッセージなのではないかと疑った。バニラがこの言葉を目にすることを事前に分かっていたかのようにさえ思えてしまう。
「生きよ、人と共に……」
彼女は何度も何度もその言葉を読み返す。
データには無かった言葉を何度も何度も繰り返し読み返した。
第3話完結しました。
第4話からはハチャメチャなヒロインがもう一人登場予定です。
今後ともよろしくお願い致します。