第五回 まるで磁石の反発のように
彼女の右腕は先ほどの余韻の如く、電磁波のようなものが時折ほとばしっている。右手でそれを振り払った後、左手で優しくさすっていた。
――初めて使ったけれど、あまり気持ちのいいものではないわね。
彼女は腕を揉みほぐしながら、前へと進んだ。ロケットが飛んできた方角へ向けて。
彼女がロケットが発射されたであろう廃墟の前に着いた時、黒装束の二人組は破壊された壁の横から姿を現した。
右にいるのはとてもがっしりとした体格の男。一センチほどに整えられたヒゲの長さに合わせるように、髪の毛も短く切りそろえられ、その金髪の頭は月光によってさらに輝いて見える。とても厳つい顔をしている西洋人。
左にいるのはとてもほっそりとした体格で、お世辞にも戦闘が得意そうとは言えない、黒装束に着られてしまっている女性。漆黒の髪の毛は後ろで結われ、癖っ毛のせいかポニーテールはくるんと丸まっている。鋭い目つきは目の前にいるバニラに引きを取らない。
バニラは彼女に見せんとばかりに、長くてまっすぐな髪の毛を片耳にかけ、空中に向けて大げさに後ろへ追いやる。
綺麗にふわりと漂う光景を目の当たりしたポニーテールの彼女は、鼻で笑い一瞥した後、黒装束の帯に親指を掛け、重たそうなふくよかな胸を持ち上げた。
その二人のやりとりを見ていた大柄な男は、深くため息をついて頭をさする。
「一体何の勝負をしているんですか、柳家さん」
「私、この子キライだわ」
「ふふふっ、わ、た、し、も、よ」
もしも彼女らが漫画の世界の住人ならば、視線と視線がぶつかり合って火花が出ているに違いない。
大柄な男は先ほどよりも更に大きなため息をついた。
「やぁ、こんばんは。我々は国連軍に所属する、んー、まぁそうだな、調査隊といったところか。先に詫びを入れさせてもらう。奇襲のような形になってしまい、大変申し訳なかった、すまない。なぜ、このようなことをしたかというと――」
「あなたが、プェンツァー博士が独自に開発を進めていた機械人形かどうかを見定めさせてもらうためよ。あなたは知らないかもだけれど、プェンツァー博士の遺言書が最近見つかってね。発見したものに授けるっていうことが記載されていて、各国や国連軍だけじゃなく、その情報を闇ルートで仕入れた者たちまで血眼になって探しているのよ。あなたを見てびっくりしたわ、機械人形というよりは奇怪人形ね」
バニラは彼女にありがとうと言わんばかりに笑って見せる。
「とても面白い言葉遊びね。そういう面白いことを言える人はクルクルでへんてこりんな髪の毛になるのかしら。それとも、その無駄な知識がその胸の中に詰まっているのかしら。あらごめんなさい、私のデータにはなかったもので。記憶しておくわね、忘れないように、ロックをかけて」
「な、ななっ……」
バニラは彼女の赤くなっていく顔を、勝ち誇ったかのように見つめ、もう一度後ろに髪の毛をなびかせた。
「ま、まぁ、二人とも落ち着いて。――我々は昨夜に第十六ブロックにおいて、多大なるエネルギーを感知した情報を得て、捜索をしたんだ。博士の遺品、そう君だ、その可能性が少しでもある限り捜索する意味はあるからね。普通の爆発ならば広範囲にエネルギーが検出されるはずなのに、そのエネルギーは二メートル四方にのみ検出された。我々が目的地に着いた時にはそこには何もなかった。数キロ先には、ブラックスパイダーと思われる飛空艇が炎上し、辺り一面には煙幕の跡が残っていた。だから、裏社会の連中が君を取り合っていたんじゃないかと推測したんだ」
「ホームレスに聞き込みを行ったら少女を抱えた少年が第十四ブロックの方へホバーボードで走っていったとの情報を得たわ。この何もない廃れたところに住んでいる人は少ないからすぐに絞り込むことができたわ」
バニラに対して怒りをぶつけるような攻撃的な眼差しを送りながら、ポニーテールの女性は淡々と述べる。それを軽く受け流すかのように、バニラは一度目を閉じてから、眉をあげながら見つめ返していた。
「――それで、これからどうするのかしら、国連軍本部諜報部隊所属・暗部部隊隊長のレオナルド・ハーウッドさん。国連軍国際科学研所属の柳家美耶巳さん」
「ほほう、流石ですね。博士がどういった機械人形を作ったのか情報は少ないのですが、自分で検索・思考などができるのでしょうか。いやぁ、素晴らしい。――話は簡単です。三百年先の研究を遂げてしまったとされるプェンツァー博士の集大成であるアンドロイド、あなたに、今後の研究のために協力していただきたいのです」
「協力、ね」
バニラは静かに呟いた。人によっては吐き捨てたように聞こえたかもしれない。
「答えはノーだわ」