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第12回 マイボード

 授業が終わり、謙蔵は旧川崎のはずれまで来ていた。相変わらず人気はなく、静かな「街並み」がそこにはあった。

 謙蔵がここに再び訪れた理由は、昨日放置してきたマイボードを取りに来たのだ。今乗っているのは何でも屋のリーダー、ファギーのボード。販売前の超高級新作ボードであるが、各所バランスの悪いカスタマイズを行っているため、走りやすいとはお世辞にも言えない様子。

 謙蔵のボードは簡単な走行からトリックに至るまでやりやすいようにカスタマイズしてある。また、そのボードは特別なものでもあった。


「あった‼︎ よかった――」


 謙蔵は交差点の真ん中に横たわる板を手に取る。

 トップシートは黒。ソール素材や合成素材はなく、中心材のヒノキがそのままむき出しになっている単板だ。エアシートはヒノキの綺麗な木目がむき出しになり、中央に大きな文字で「RENZ」と青い文字で書かれている。RENZ(レンズ)社製のストレート・ノーズアップ型、中央ディスク磁場タイプの「シェイクギア」というボードだ。

 RENZ社とは、アルドレイン・セナというプロボーダーが愛用していたブランド。彼はフリースタイルトリックボード――ボードの華麗なトリックで競い合う競技――を通してホバーボードを世界に広めた男。自分の持っている技で感動と興奮を与え、見ているものを魅了させる。そんな彼に謙蔵は憧れていた。

 父の死の影響でボードから離れていた謙蔵だが、彼のプレイに魅せられてまた空を舞ったのだ。父のようなレースで人を魅了させるのではなく、トリックで、ホバーボードそのものの魅力で人々を魅了したいと思うようになったのも彼の影響からであった。

 レンズ社はアルドレイン・セナが引退した数年後、他社と合併し、今では01(ゼロワン)社と名前を変えてしまっている。そのため、レンズ社製品は現品のみで、コレクターからしたら喉から手が出るほどの代物なのだ。


「昨日ぶつけた傷も平気そうだな。帰ったら磨いてやろう」


 謙蔵はノーズのエッジ部分を優しくひと撫でする。

 ブースターはスピード社のショートウイング付きオーバルリング型の「ユニパ」。楕円型の筒が風を集めてブーストする基本タイプだ。その前方にあるバッテリーパックを新しいものに替えて足に取り付け浮遊し始める。


――やっぱこっちの方がしっくりくるな。


 ファギーのボードを右手で持ち、先ほどよりも自由自在な滑走を見せていた。

 謙蔵は右足前のグーフィースタンス。元々は右利きだったが、父親に左利きの方が将来モテるからという理由で、四歳の初めてボードに乗った時から左利きに矯正されたのだ。


 謙蔵が家の前に到着した時、ある異変に気がついた。一つ目は食欲をそそる美味しそうな香り。二つ目は工場の壊れた入り口が直っていたこと。

 工場の中は見違えるほど綺麗になっており、テーブルにカバーまでもがかけられている。キッチンの鍋の蓋を開けると中にはシチューが入っていた。


「おお謙蔵、帰ったか」

「じじぃ、これどうしたんだ?」

「あの子が全てやってくれたんじゃよ。掃除から家事まで全てな」


 後ろの入り口が開き、バニラはスウェットに茂樹が使っている灰色のエプロン姿で登場した。


「君が全部やってくれたんだって? ありがとう助かるよ。とくにじじぃは料理が下手だから……」

「余計なことを言うんじゃない。作ってもらってるだけありがたいと思うんじゃな」

「毎日白飯と焦げたモノじゃ文句も出るよ」


 バニラは長い髪を手ぐししながら、


「これからこの家で生活するなら、少なくとも住める(・・・)状態にしたいと思っただけよ。家の掃除がもう少しで終わるからご飯の前にそっちをやってしまうわ。――届かないところがあるから手伝ってもらえるかしら?」

「疲れただろ、ご飯にして残った掃除は明日でいいんじゃないか?」

「イヤよ」


 バニラはぴしゃりと言う。

 不意をつかれた謙蔵は目をパチクリさせている。


「あんな汚い家で寝るなんて御免だわ。あの状態でよく過ごせるわね。信じられないわ」

「ま、まぁ、確かに汚いかもな……たまにしか掃除はしないからな」

「たまにしか⁉︎ 一階のちりの積もり方からして二年は掃除してないわ。よく平気でそういうこと言えるわね。あなた、モテないでしょ?」

「えっ?(なんでそんな話になった?)」

「もし、早く彼女を作って童貞を卒業したいのならば、身だしなみや清潔感から磨くことね。ボードだけじゃモテないわよ。――さぁ、早く始めましょう」

「は……はい」


 茂樹はニヤつきながらヒゲをいじっている。

 謙蔵はバニラが家に向かうのを後からついていく。その姿は忠実なアンドロイドのようであった。

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