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第16回 生死の狭間で

 彼女は無表情のまま謙蔵を見つめている。

 謙蔵は困惑していた。彼女がいきなり再起動して意味深な問いかけをしたのだから無理もない。謙蔵の困った顔を見て、彼女も首を傾げながら少し困った形相を浮かべている。


「あら、ごめんなさい。普通に考えて『生きたい』って思うに決まっているわよね。逆に考えて、『死にたい?』って質問されて、はい死にたいですなんて答える人、いるわけないもの。それに、マイアンドロイドがご主人様の危険を察知して、ありとあらゆる思考を凝らし、最善な手を打つのも当たり前のことだし、それくらいのこと命令されなくてもするのが、できるアンドロイドよね。失言だったかもしれないわ」


 彼女は一人で淡々と喋っている。手を顎に当てて考えている様を謙蔵は固まりながら見ていた。


「初対面だし、最初に自己紹介的なのをするのが普通なのかしら。普通ってよく分からないし、そもそも他のアンドロイドってどうしているのかしら? まぁ、私自身が他と違うから比較しても仕方のないことだとは思うのだけれど。――まぁ、いいわ。ご主人様は困惑しているのだと思うから私で勝手に何とかするわね。とりあえず最低限、ボードを水平に保って浮力全開にしてもらえる?」


 謙蔵は唖然としている。彼女は普通のアンドロイドではない。話し方も既存の彼らとは違い、とてもスムーズである。総括型母体制御OS「プェンツァー」ならば、決まりきった回答文が返ってくるはずだ。データを一度、「プェンツァー」によって母体サーバーに送信し思考したのち、そこから信号が送られてくるからだ。それなのに、アンドロイドそのものがまるで個体で考えているような回答である。そして、ご主人様に対して敬語を使わずに命令する様も、普通のアンドロイドではあり得ないことだ。

 彼女は少し眉間にしわを寄せて謙蔵の耳元で大きな声を出す。


「聞こえてます? このままだと本当に死ぬけど?」

「え、ああ」

「え、ああ、じゃなくてさ。もしかして死にたいとかじゃないわよね? 生きる気力が無いのであるのならばどうすることもできないのだけれども」

「わ、分かったよ」


 言われた通り謙蔵は足元の起動スイッチを踏んでボードを復旧させ、ボードを水平にして浮力を全開にする。


「あら、なかなか上手なのね、ご主人様って」


 謙蔵に抱かれた彼女は無表情の中にも驚いたような顔をしていた。


「ボードと同期するから、権限を与えてもらえるかしら」

「え、権限っていうのは?」

「マニュアルとか読んでないの? 他のデバイスとかに進入などするときは、ホストの受諾が必要なのよ」

「あ、ああ。許可します」

「許可されました」


 彼女は初めて笑って見せた。

 謙蔵は相手がアンドロイドだと分かっていても、その笑顔はとても華麗なものだと思った。それほど美しかったのだ。


「このボード、バランスがとても良くないわね。ボードのことを全く考えずに改造されているわ。彼、とても悲しんでいるわよ」


 謙蔵は乗り手として、俺が改造したんじゃないと言ってやりたかったがその前に彼女は続けて話す。


「いい、あそこに湖があるでしょ? あの一帯を使うわ。――真下になるように調整して」


 謙蔵はボードの向きを微妙に調整しながら、高速で湖の位置まで移動した。


「やっぱいい腕ね。――それじゃ、上手く生きて戻れたら沢山お話しましょうね。私の名前もまだ決めてもらってないし。またね、ご主人様」


 彼女はそう言うと、謙蔵から離れて空へ飛翔した。

 ホバーボードで風を受けている謙蔵の方が若干ではあるが降下が遅い。彼女は謙蔵のホバーボードの真下へ行き、両手でボードを掴んでぶら下がる。その分だけまた降下のスピードが増していた。


「いくわ……こころの……いい? ……といて」


 謙蔵に彼女の声は届かない。猛スピードのために風を切る音しか聞こえないということもあったが、それよりも、あと数秒で湖に突っ込むという恐怖心でそれどころではなかったのだ。一度死を感じると人間は怯え、その場から逃げたくなるものである。死を感じた謙蔵は動物的本能が研ぎ澄まされ、ボードの上で中腰になり目を閉じる。無意識のうちに頭を両手で抱えて体をこわばらせていた。


――ぶつかるなら早く。痛いのはごめんだ。くそっ、なんでこうなってしまったんだ。――父さん、俺はこんなにボードが上手くなったんだよ。風だって読めるようになった。父さんの言ってた風の声が少しわかった気がするよ。――母さん、母さんは決して悪くない。未来のために、世界を代表して世界のために研究していたのだから。どんなに周りの大人から嫌な目で見られても、どんなに周りのやつからいじめを受けても母さんの子で良かったと思う。父さん、母さん、もうすぐ行くからね……。


 その時異変が起きた。

 謙蔵は目を閉じていたからよくは分からない。

 聞こえたのは水を手のひらで思いっきり叩いたような爆音と、身体が宙に浮いていく感覚だけだった。

次回、第一話最終回です。

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