第五話:軍師の名前
ソルディスはビージェットの書き込みを確認すると隣で控えるマキシムを見上げた。
「先程、言った案に凡その変更はなしで、村に残す伏兵の部隊は身を隠しながら、ここの伏兵が動く瞬間に襲い掛かるように配置変更を」
地図の上を指差しながら指示を出していく年若い副隊長の指示をその場に居るすべての人間が真面目に聞く。
男はその様子に少し感嘆しながら彼の手腕を確認した。
(殆ど、俺の考えてる案と一緒だな・・・・・・信頼がある分、みんなの理解が早い)
この村に来る前に仕入れた情報どおり、ここには優秀な指揮者とその部下が揃っている。
(それに・・・)
彼は地図に向かいながら何度も作戦をシミュレートしているソルディスを見た。
・・・そう、やはり間違いなく、彼は『ソルディス・エンデドルグ』だ。
当初、大将軍のところに身を寄せていると思われた彼だったが、どこをどうやったのか、こんな辺境で身を隠している。
(あの王城で見せていた表情とは違っているけど、間違いない)
『ロシキスの薔薇』とまで称えられたソフィア王妃ゆずりの整った顔は、青年期に向かうにあたり精悍さを増しているが、その優しい水色の瞳はやはり彼が『彼』であることを明確に示している。
もともと自分の優秀さを国王に見せないように気をつけていたほどに頭のいい彼が、優秀な指揮官になるのは当たり前のことなのだろう。
止め処も無い考えをめぐらせながらぼーっと会議を見守っていた男は、不意に顔を上げたソルディスと視線をかち合わせた。
「こんな感じの作戦でよかったかな?噂の『軍師』どの?」
「何だ、解かってたのか」
男は苦笑するように肩を竦めて見せる。
「まあね、報告書であがってきたのと同じ色の髪と瞳だし、情報にも長けてるみたいだから」
ソルディスはそれだけ述べるとゆっくりと椅子から立ち上がり、彼の前に手を差し出した。
「ソリュート・アドラムだ。ランズール隊の副隊長でここの警備を任されている」
「フレイル・ファードだ。今回は名将とも名高いランズール卿の右腕くんの手腕を見せてもらうよ」
握手をした二人に回りの男たちはにやりと笑い、任せとけとばかりに作戦本部となっている部屋を出て行った。
「いい部下だなぁ」
フレイルは彼らの表情に『ソリュード・アドラム』に支持する誇りを見せ付けられて、思わず口笛を吹いた。
「ランズール卿の隊だからね。確りと命令を理解し、更にそれを自分の中で昇華してあらゆる場面に対応する判断力を持ち合わせてる」
ソルディスはそういうと、机の横に立てかけてあった剣を帯剣し『いってくる』とばかりにフレイルに手を振って見せた。
一人、部屋に残された彼はもう一度机の上にある地図を確認して、少し人の悪い笑みを浮かべた。
「さてと、お手並み拝見としますか」
彼は誰も居ない空間でそれだけ呟き、地図の中で見つけた地点に一人向かった。
辺鄙な村の戦いの先陣を切ったのはソルディス側の部隊だった。
奇襲部隊に対して奇襲をかける形でソルディスを先頭とした部隊が切りかかった。
突然の攻撃に奇襲部隊は隊列を組むことが出来ず、兵の1/3が屠られた時点で蜘蛛の子を散らすように四方八方へと逃走を開始した。
それに驚いたのは街道を進んでいた本隊の兵士だった。奇襲部隊が切り崩され逃げ惑う姿に、更なる伏兵を懸念し始めた。足並みが浮き波立ったところで、村の前に構えていた部隊がトラント卿が仕掛けていた伏兵に対して矢の雨を降らせてきた。突然の攻撃に、彼らはパニックに陥り、ソルディスの部隊が近づいてくる前に本隊へと向かって咆哮をあげて切りかかっていった。
「今回も、副隊長の予想通りだな」
マキシムは隊列も組まずにばらばらに攻撃を仕掛けてきた男達の姿にわざとらしく溜息をついてみせると、馬上から槍をその部隊の先頭の男に投げつける。
「それだからこそ、我らの副隊長でしょ」
グレッグは誇らしげに言うと腰の剣を抜き、馬を走らせ始めた。
マキシムも「それもそうだ」と笑い、傍に控えていた武器補給の歩兵から愛用の槍を受け取る。
「さあ、奇襲部隊を買ってくれた副隊長に手柄全てを奪われないうちに、奴らを叩き潰すぞ!」
マキシムの言葉に周りの兵は大きく拳を突き出すと、死に物狂いで向かってくる男に向かって逆に切りつけていった。
温泉街を守るための戦いが始まりました。
そして、やっと軍師の名前が登場しました。
名前を出すまでって『彼』とか『男』とか面倒くさい表記をしなきゃいけないので、さっさと名乗らそうとしたんですが登場から3話目でやっとってどうよ、と自分でも思っています。