第四話:現れた軍師
見ると戸口の所に見知らぬ男が立っていた。
年のころは20代後半ぐらい、まだ30歳は越えていないだろう。明るい緑色の瞳は若葉から零れる光のように輝いていた。顔立ちは悪くないが、何処となく飄々とした態度が彼から二枚目の雰囲気を取り去っていた。
ソルディスを除く全員が突如の乱入者に剣の柄に手をかける。
「伏兵?」
ソルディスは回りの緊張を他所に、乱入者である彼に静かに問い掛けた。
「おや、信じてくれるの?」
周りの人間の反応の方が当然だと思っているのか、男は逆にソルディスの態度に目を見開いた。
「これでも、勘はいいんだ。それに丸腰の人間相手に刀を向ける趣味は無いから」
どこか小馬鹿にするような言葉にも挑発されることはなく、ソルディスは先程彼が指し示した場所に伏兵がいる場合のシュミレーションを開始していた。
周りの兵はソルディスの言葉どおり、彼が丸腰なのを見て取るととりあえず柄から手を離した。
「やけに向こうがこちらの地形に詳しすぎるな」
一人、地図と向かい合っていたソルディスは小さく呟いた。
手元にある情報と男から齎された情報を鑑みて、敵にはこの近辺の地形に精通している者がいるようだ。
ランクビット村は開けた農村であるが、山々に囲まれており、たどり着くには街道を通るのが主流となっている。確かに伏兵が隠れているところに通じる道や、第二隊が向かってくる山道もあるにはあるのだが、地元の人間しか知らないはずだ。
もちろん、地の利に長けた人物が向こう側の陣営に手を貸さないとは言い切れない。
だが、この村の殆どの人間が何かしらオージェニック卿に恩が有り、少々の金貨で裏切るとは思えなかった。
「そういえば、近くの街道沿いで面白い話を聴いたけど」
声を発したのは先程入ってきた男だった。ソルディスは彼に視線を向けると先を促す。
「トラント卿とフライアンテ卿が内通してるって」
その言葉にその場に居る全員の顔が引き締まった。
余り考えたくないことだが、在り得ないことではない。
『ソリュード・アドラム』が入隊したと同時にランズール卿は甥であるフライアンテ卿を遠ざけるようになった。もともとランズールはフライアンテの行状をあまりよく思っていなかった。そのため、なかなか彼を自分の後継者として指名しなかったのだが、まだ13歳の少年だったソルディスを襲った事件によりそれは明確に後継者候補からの排除に繋がった。
そのうえ、ランズールは『ソリュード・アドラム』の人柄を気に入ってしまい、彼を養子にして自らの跡を継がせたいと考えている。
「・・・・・・あの方のやりそうなことですね」
長くランズールの傍にいたマキシムはフライアンテの人柄を思い出し、溜息混じりにその言葉を吐き出した。傍で聞いていたソルディスは苦笑交じりにその言葉に頷く。
「かといって糾弾できるほどの証拠もない。こちらが訴えたら、逆に『不名誉な噂を流された』と騒ぎ出すだろうね」
その場にいた騎士たちは年若い副隊長の意見に同意した。
以前、フライアンテはソルディスがディナラーデ卿に通じていると自ら噂を流し、それを意気揚揚とランズールに報告したことがあった。
その時、彼はランズールのみでなく南方将軍であるオージェニックにも叱責を受けた。
今、証拠の無い状態でソルディス達がそれを上に報告したら、彼はその時の仕返しとばかりに反撃をしてくるだろう。もちろん、それを見込んで自分の不名誉な噂を流している節も感じられる。
少し考えるようにその場が静まり返る。しかしすぐさまそれを破るように騒々しい足音が廊下から響き渡った。
「副隊長!やっぱり伏兵ありです!!」
それは斥候に出ていたビージェットだった。彼はすぐさまソルディスの前に置いてある地図に飛びつくとソルディスが示した3ヶ所と男が示した1ヶ所、計4ヶ所に印を打った。
軍師、登場です。
と、いっても作戦はソルディスの指揮どおりですので、軍師として働いていませんが。
そういえば、男の名前、まだ出てきてません。
次にはちゃんと出さないといつまでも『男』表記のままになってしまいそうです。