第四十三話:小さな初恋
「あ、少年兵の名前は書いてある」
フレイルは紙の後ろに書かれた小さな文字に目を凝らした。他の三人もそれに興味津々と耳を傾けた。
「スターリング・キャレット……かな?珍しい名前だな」
「スターリング?」
聞き覚えのある懐かしい名前にソルディスは目を見開いた。その顔にほんの少しだが笑みが宿っているようにも見える。
そんな彼の様子に今度は大人3人が驚いた。
「お知り合いですか?」
隣から聞いてくるマキシムにソルディスは「ああ」と明るく肯定する。
「初めてブロージェカに行った時、一緒に旅した仲間だよ。年齢は俺と一緒。確か西方の小さな村の出身だと聞いてる」
ほんの僅かの間ではあったが信頼に値する人間だったように思う。何よりもまだしっかりと隠していた頃の自分の感情を読める貴重な人間だった。懐かしい名前に自然と少年の眼差しが優しく緩んだ。
「頼れる人物ってことは確かかな」
彼の口から続いた言葉に彼らはぴたりとその動きを止めた。
(((珍しい、この人が『頼れる』なんて言葉を口にするなんて)))
全く同音に重なった思考と、それが顕著に現れた彼らの表情に、少年は苦笑してみせる。
「俺だって、頼ったりすることもあるよ」
微妙に肩を上げながらおどけて見せるソルディスに未だ確りと『頼られた』ことのない彼らは少しだけ気落ちして見せた。
襲撃のない時の村は悠久の時が流れている。子供達は楽しそうに声を上げ、追いかけっこをしているようだ。
ソルディスが3人を連れて建物の外に出ると、その中でも年長と思しき二人が目敏く彼らを見つけ笑顔で駆け寄ってきた。
「4人とも、お話、終わった?」
先に声をかけてきたのは長い黒髪を一つにまとめた少女・フィンディだった。彼女は笑顔のままソルディスの右腕に抱きつき、ソルディスと同じ水色の大きな眼で見上げてくる。
「さっき鳩が飛んできたでしょ。フレイル達の仕官先が決まったの?」
キットは子供だけでふらふらしていた自分たちを助け、一緒に旅をしてくれた彼らの行く先を心配しているようだ。
「とりあえず、ブロージェカ行きに決定」
「私も、ね」
そう応える二人に少女達はそれぞれの理由で少しだけ口を尖らせた。キットはやっと親しくなった村の人たちと別れるのを惜しんで。
しかしフィンディは寂しそうに居間までの旅の同行者二人を見上げた。
「じゃあ、ここでお別れね」
この科白に一番目を丸くしたのはキットであった。今まで助けてくれた経緯もあるから、この先も彼ら二人に付いて行くと思っていたのだ。
しかし少女はソルディスの腕を抱きしめたまま、彼らとの別れを惜しんでいた。
「え?フィンディ……残るの?」
呆然と呟いたキットに彼女は大きく胸を張って見せた。
「そうよ、私、女の子だもの。恋に生きるのっ!」
「「「はい?」」」
少女の言い分に大人3人は思わず声を揃えて聞き返してしまった。
キットは思わず自分の姉と彼女に腕を抱えられている造作の整った少年副隊長の顔を見比べた。
「もしかしてソリュートに恋してるの?」
彼女が非常に面食いなのは知っている。フレイルのことも、ちょっと垣間見たウィンザの素顔も「綺麗、素敵」とはしゃいでいた。目の前にいる少年副隊長も綺麗な顔立ちをしている。彼女がほれる条件に当て嵌まっている。
しかし弟の質問に彼女は眉を少し上げてみせる。
「違うわよ。私の恋の相手はマキシム、あなたよ?」
「「「「はいぃぃぃ?」」」」
今度は4人の声が揃ったなぁと、観察しているソリュートの腕を抱きしめながらフィンディは楽しそうに爆弾発言を投下し続ける。
「ソリュートは知ってるもん。私の味方をしてくれるって言ってくれたの」
ねぇ?と視線を合わせる二人は、キットよりもずっと兄妹のようだ。しかし、そんな和やかな様子をも打ち破るようにマキシムが二人へと厳しい視線を向けた。
フィンディ、問題発言投下です。マキシムは22歳ぐらいを想定しているので年の差は十というところでしょうか。かなり渋めの好みです。
今回のタイトルは前回からの続きのスターリングについての会話の部分でつけるか、その後の部分でつけるか書く前は迷っていましたが、書いてみたらやっぱり爆弾発言のほうが印象が強かったのでそちらを選択しました。