第三十九話:次兄《あに》の心配《おもい》
しかしクラウスの予測にガイフィードは静かに首を横に振った。
「いや、ランクビット村です。ランズール卿に気に入られ、その村の守護および管理を一手に引き受けていると聞き及んでいます」
告げられた田舎の村の名前に、ルアンリルは眉間に深く皺を刻んだ。
「鉱石と温泉の町でしたね。野盗に狙われたり、近隣に攻め込まれたりと諍いの絶えない場所のはずですが、殿下は大丈夫でしょうか」
ソルディスは大事なこの国唯一の王位継承者だ。その彼がそんな危険な場所を任地としているとすると心配は絶えない。
「彼の方はそこで優秀な指揮官としての実力を十二分に発揮されているようですよ」
情報として伝わってくる王位継承者の近況をストラウムは笑顔で報告した。
その言葉にクラウスは内心嘆息した。
確かに、王都を脱出した後見せた弟の才能の片鱗だけで、その兆候は見て取れた。あの脱出の際、行く手を定めていたのは常にソルディスだった。自分と兄・サイラス、それにルアンリルすらその指示に知らず知らずの内に選択させられていたのだ。
その彼が誰も知る人のない、知っている人の目のない所だったら存分にその指揮能力を発揮できるはずだ。もともと彼のカリスマ性は高い。それを態とひた隠しにしているようだが、少なくとも彼の兄である自分と、恐らく長兄もそれを判っている。
だからこそ自分の名前を汚していたとしても、彼の名を騙る者を冷酷に粛清することもできるのだ。
───ソルディスがその美しい黄金の髪に豪奢な王冠を戴くその時まで。
クラウスはそこで一旦思考を切ると、少しだけ心配そうな表情を浮かべた。
「それにしても、あいつの邪魔にならなければいいが」
ソルディスがどうして一人で旅立ったのか、末妹はいまいち理解出来きっていない。それに兄である自分と一緒にいるせいか、彼女は未だ『町の子供』に為り切れていなかった。
彼らが居を構えているアパートの大家は『グレイ』の事をシェリルという貴族の姫君を預かっている下級騎士だと勘違いしている。最初のうちに兄妹と紹介しているし、髪も瞳もシェリルと彼は同じ色をしているのに、その誤解は全く解ける気配はない。それはクラウスが町人階級の中に紛れこむ術を見につけているが、彼女にはそれができていないことの証明に他ならない。
そんな妹が傍に行くことでソルディスがソルディスであることが廻りにばれる事へ彼が懸念している事に、大将軍も思い至ったのか安心させるように「大丈夫です」と声をかけた。
「だからこそ、スターリングを使者に立て、ケイシュン殿を共につけたのです。もしあの方に害が及ぶと判断されたときは、その二人が止めてくれる予定です」
正式にそう依頼したわけではないが、あの二人ならきちんとガイフィードの意思を汲み取れるだろうと、大将軍は考えていた。
「それならば、妹が大ポカをやらかして戻ってこないように俺は精霊にでも祈っておきます」
クラウスはその言葉で締めくくると、ルアンリルの方へ視線を投げる。聖長はふぅと大きく息を吐くと、手を中空に閃かせる仕草で結界を解いた。
ぱぁんと空気がはじけるような感覚と共に、廊下外の扉から人の話し声とかが洩れ聞こえてきた。
「それでこの後はどういう予定かな?」
先ほどまでとは違う『部下』に対するガイフィードの言葉に、
「一仕事終わりましたので、飲み会ですよ。部下に集られてきます」
と、おどけてみせる。
「私は彼のお目付け役です。未成年ですから深酒させないように」
((止めるという選択肢はないんですか。ルアンリル殿))
クラウスの言葉に生真面目に付け加える若き聖長に年長者は苦笑して見せた。
かなり久々の更新です。クラウスは書き易いのですが、何分にも執筆の時間が……それも仕事というより、プライベートの方でよそ事に気を取られてしまったため遅れてしまいました。
内容的には、兄の心配妹知らずという内容です。クラウスにとって妹の動向は弟の安全を脅かすかも知れない心配事になってます。
といって、彼は妹も弟もとても大切に思っているのですけどね。
とにかく、家でも夜遅くまでインターネットができる状態になったのでこれからもっと早めに更新したいので、DQと箱庭の誘惑をなんとか断ち切らないと。