第三十七話:知らされた旅立ち
偽王子の討伐を終え、クラウスとルアンリルは部下である一個小隊とともにブロージェカに戻った。
偽の王子を糾弾し、出先にあった騎士団の駐留隊へとその身柄を渡したので、今回はそれほど荷物は少ない。連れてきた偽王子を牢屋に連れて行き、その後の手はずをやらなくて済む。
「とりあえず、報告終わったら、飲みに行くかぁ?」
クラウスが部下達にジェスチャー込みで問いかけると、旅の疲れを見せていた彼らはいっせいに顔を上げた。
「隊長のおごりっすか?」
「ごちになりますっ」
次々に上がる声にクラウスは肩を竦めてみせた。
「おいおい、最初っから俺のおごり決定かよ」
文句を言いつつもあまり嫌がっていない様子のクラウスにルアンリルは苦笑した。
もともと昔からこんな風に周りの人に好かれる人物だ。あの頃は王子としての身分を隠しては下町に遊びに行き、いつの間にか少年達のリーダー格に上り詰めていた。
「と、あまり深酒はだめですよ。あなたこの間、べろんべろんによって周りに迷惑かけましたからね」
世話女房的なルアンリルの物言いに、周りは大笑いする。
「今から尻の下に敷かれてるようじゃあ、うちの隊長もまだまだだねぇ」
「うっせぇよ、お前ら。飲み代、自分達で出すかぁ?」
からかう部下に、クラウスは胡乱な視線で応える。即座にみんな「そんなことないっす」やら「そう思ってるのはこいつだけです」と逃げ腰になっている。
「隊長っ!お戻りになられましたか」
楽しく笑っている一団に、建物の上から声がかかった。見上げると留守居役としてスターリングとともに残していたケヴィンがこちらに手を振っている。その表情にすこし曇りがあるのを見て、クラウスとルアンリルは互いに顔を見合わせた。
窓から手を振っていたケヴィンはいったん中に引っ込むと、息が上がるほどの速度で彼らの元まで降りてくる。
そういえば、いつもなら自分達が帰ってくるのを耳聡く聞きつけて、いの一番に駆けつけてくるスターリングの姿がない。
「どうした、何かあったのか?」
クラウスの問いかけにケヴィンは大きく頷いてみせた。
「隊長の妹さんが旅に出ました」
「「はぁ?」」
二人は揃って驚きの声を上げたことで、周りの部下たちが「なんだ、なんだ」と集まってくる。
そんな周りのことなど気にせず、ルアンリルはケヴィンに問い返した。
「大将軍の許可は?」
「受けています。スターリングの旅に同行する形で、龍族の方が一緒について行きました」
その言葉を聴き、ほっと胸を撫で下ろしたルアンリルとは逆に、クラウスはさらに深く眉をしかめた。
「なんで、俺の留守居を頼んでたスターリングが旅立つんだ?」
(((え?気になるの、そっち?)))
ぽそりと呟かれたクラウスの言葉に、ルアンリルを含めた全員が心の中で突っ込みを入れる。
「あ、と、何かベネシェンドのオージェニック将軍からこちらへ軍師の紹介があったみたいで、その方を迎えに行くのにスターリングに白羽の矢が立ったみたいです」
ケヴィンの返答にクラウスはますます疑問を増やした。
ガイフィード将軍はクラウスの部下を勝手に使ったりする人ではない。ましてやクラウスがいない時にシェリルの面倒を見ることになっている彼には絶対に町を出るような命令はしないはずだ。
だとすると、南方将軍と呼ばれるオージェニック卿から軍師が紹介されているのをシェリルが知り、それを迎えに行くのをシェリルが迎えにいくと主張したからスターリングが行く羽目になったと考えるのが正当だ。
(……ソルディスにつながる情報を、彼女が手にしたのか?)
3年前、別れの時、病室にいた彼はソルディスが誰のつてを使って、どこに旅立ったのか聞くことができなかった。退院した後も自分が下手に探りを入れてしまわないように、誰にも詳しくは尋ねなかった。
(オージェニック卿宛てに紹介状を書いてもらって、そこからソルディスは旅立ったのか)
改めて知る弟の足取りに、クラウスは小さく苦笑した。
この章始まってはじめてのクラウスです。この王子が一番動かしやすいので、さくさくと文章が進みます。たぶん、王子らしくないのがその一番の原因だと思われます。
この章はいろんな人の移動の話なので、いろいろと人事異動が開始されます。