第三十四話:落ちてきた子供
はあっ………
はあっ………
はあっ………
息が上がるのを感じつつ、少年は少女の手を引いて走り続けた。
背後から聞こえる剣戟は、親とはぐれた自分達に『微力だけど護ってあげるよ』といってくれた青年が、盗賊を相手に戦っている音。
振り返ってはいけない。
振り返れば、それだけ追いつかれる可能性が高くなる。
分達みたいな戦闘能力もない子供はさっさと隠れるか、逃げ切らないと、足手まといになる。
「もうすぐ……目的の村が見えてくるはずっ……」
手を引かれていた少女が上がる息を何とか抑えながら、小声で少年に告げる。
彼女の頭にはこの辺りの地図がしっかりと入っているのだろう。
その村にたどり着けば、同じように自分達を護ってくれていたもう一人の青年に会えるはずなのだ。
「キット!右に降りてってっ!」
少女は前を走る少年に声をかけると同時に、自分もそちら側へと体を移す。
急激に降りる道は足場が悪い。その上、この数日で降った雨のせいで、森の腐葉土はぬかるみ、しっかりと体を支えないと転がり落ちそうになる。
「あっ!うわあっ!」
少年が驚きの声を発すると同時に、彼の体は重力に従い転がる。
「きゃああっ!」
少年に手を捕まれたままだった少女も、それに巻き込まれ、もんどりうって斜面を転がり落ちた。
時間は少し前に戻る。
ソルディスはここ数日、降った雨の影響が里山に出ていないか確認する為、自分の補佐役であるマキシムと一時的なお目付け役になってしまっているフレイルを伴い、村の裏側にそびえるタリヴィエント山の麓に来ていた。
この山は裏も表も急な斜面になっている天然の盾のような山で、この村の防御の役割をしている。
「うわあ、ぬかるんだなぁ。下手に子供が入ると、転んで大怪我するんじゃないか?」
((いや、あなたも子供ですって))
獣道に近い山へと続く道を確認しながら感想を述べるソルディスに大人二人は心の中で的確な突込みを入れる。
「とりあえず、村長さんに忠告って、そんなこと昔から済んでる彼の方がよくわかってるか」
ソルディスは落石の危険などないか確認をしてから、斜め後ろにいる副官に振り返った。
「緊急避難用の洞窟のほうは確認しておきますか?」
振り返ってくる大きな瞳にマキシムが問いかけると、「どうしようかな」とソルディスは逡巡しながら考え込んだ。
(あれ……?)
その音に気づいたのは3人殆ど同時ぐらいだっただろうか。
山の上の方から聞こえるかすかな剣戟、あとは逃げ回る二つの足音。それは的確に争いから逃れながらもこちらへ走ってきているようだった。
耳を澄ましていると、逃げる足音に乱れが出た。そして小さな悲鳴。
「落ちてくるぞっ!」
ソルディスの叫び声に、大人二人は山の頂の方を見上げた。
少し下がっているそこからでは、彼のいうそれがどこから落ちてくるのか見えない。
しかし小さな副隊長は少しだけ山頂側に移動すると、落ちてくる人影を抱きとめる為に体制を整えた。
「うわわわわあっ!!」
「きゃああああっ!!」
「「「!!」」」
すざざざざざざっっ!
大きな衝撃とともに、少年と少女の体は止まった。
「なんて無茶をっ!」
少女を抱きとめようとしていたソルディス自身を抱きとめたマキシムが、抱きとめた衝撃で苦しそうにしている自分の副隊長に文句の声をあげた。
「助けられると、思ったんだよ」
落ちてくる人があんなに受け止めにくいなんて思ってなかった、と言い訳がましいことを述べるソルディスにこちらは軽々と少年を抱きとめたフレイルがはああっと大きなため息をついてみせた。
「無理だろ、どう考えても」
フレイルの声に、少し意識を遠のかせかけていた少年と少女は揃って顔をあげた。
新キャラ登場です。
いまだ名前が出ていないので次の話があがったら人物紹介に名前を挙げるつもりです。