第三十二話:旅立ちへ条件
「グレイ兄さまにはルアンリルがいる。名を汚してまで挑める仕事もある。私はこの町にいても何にも役に立たない!それなら、ソリュート兄さまの傍にいることぐらいしたいのっ!!」
シェリルはその瞳いっぱいに涙をためながら言い終えると、じっと大将軍を見つめた。
この場には彼女たちの素性を知らないスターリングが居る。ゆえに彼女は細心の注意を払いながら将軍へと訴えた。
少女の訴えにガイフィードは鷹揚に頷くと、静かな声で言葉を発した。
「たしかに、今、君がここにいることは無意味かもしれないね」
彼の返答にストラウムとスターリングは目を丸くした。
シェリルの癇癪みたいな申し出など、将軍がさっさと一蹴してくれるものだと思っていたのだ。
逆にケイシュンは、小さく首をすくめて見せる。
そんな周りの様子をみながら、老将軍は重々しく言葉を続けた。
「だからと言って、君が彼の所へ行くことが正しいとは言えない」
きっぱりと言い切られた言葉にシェリルは唇を噛んだ。
そんな彼女の幼さを小さく笑い飛ばし、将軍は静かな口調で言葉を締めくくる。
「それを正しいと思わせるだけの結果を旅の間に示しなさい」
「結果?」
将軍の言葉が難しすぎるのか、シェリルは首を傾げて聞きなおした。
しかし、ガイフィードはそれに答えることなく王女の後ろに控えていたケイシュンへと視線を移動させた。
「ケイシュン殿、この二人についていって、向こうに突くまでに彼女がふさわしく成れたかどうか見極めて頂けませんか」
その申し出もすでに予想していたのか龍の副長は丁寧に将軍へと快諾のお辞儀をして見せた。
「結果って、何の結果ですか?」
シェリルは未だ、自分が『何』を試されているのか判らず、将軍を訝しげに見る。本当に彼女には何故、兄王子達がこの場所へと、兄弟以外に彼女を庇護することのできる人物がいる場所へと彼女を残しているのか理解できないようだ。
「それは自分で考えなさい。ヒントはキャレット君と貴女との違い、だ」
ヒントを与えるなど甘いかもしれないが、これが最大の譲歩だろう。
「オージェニックからの連絡が到着し次第すぐの出立だ、二人とも準備をしてきなさい」
将軍の言葉に二人はすぐに背筋を伸ばし敬礼をすると、挨拶もそこそこに部屋を辞した。
残されたケイシュンは二人を茫洋とした表情で見送ってから、再びガイフィードの前に戻った。
「王子がいない間に決めてしまっても良かったんですか?」
心配そうに問いかけてくるストラウムにガイフィードはふぅっと溜息をついた。
「よくは、ないだろうが、仕方ないだろうな」
「最近、あまりよくない輩もいるし、仕方ないでしょ」
大将軍の言葉に追随するようにケイシュンも頷く。
「グレイがあんな異名を受けてしまったために、彼女に対して害を与えようとする下級貴族が現れ始めてる。そんなのが彼の留守中に彼女を襲いかねない」
王子自らが進んで受けた『王族殺し』という異名はすでにいろんな都市に届いている。
そんな地方都市から『今のうちに王族へ恩を売っておこう』という勘違いな連中がここ数ヶ月この町へと入ってきていることはガイフィードの耳にも入っていた。
さらには先ほどの文官たちみたいな連中もいる。
彼らが万が一、王女である彼女に何かすれば、それは遠方で一人がんばっているソルディスを悲しませることになる。
「だからと言って今のままのあの子を後継王子の元に連れて行くのは、彼自身の正体がばれる一因にもなるだろう」
ケイシュンの言葉に返すようにガイフィードはそう呟くと、もう一度大きな溜息をついた。
そんなガイフィードの様子にケイシュンは小さく笑って見せる。
「それでも、きちんと考えさせれば、彼女だって理解できる。なんたって優秀な彼らの妹ですからね」
そう締めくくったケイシュンの言葉に、ガイフィードもストラウムもゆっくりと頷いた。
やっとこさ、更新ができました。
何度も打ち直して、本当にやっとという言葉が一番です。シェリルファーナ、本当に動かしにくいです。スターリングは動かしやすいんですけどね。
シェリルを退場させたら、あっと言う間に話が進んでくれました。
後、1〜2話、シェリルたちの話が終わったら、物語の場所が変わります。