第三十話:将軍への報告
大将軍・ガイフィードはいつものように町が見下ろせる要塞にて執務をしていた。
ここ最近、王族を名乗り近隣の村から接待を受ける偽者が出ているという苦情が多数出てきている。特にひどいのはサイラス・ソルディスの両王子の名を語る場合で、好き勝手に振舞っては村の若い娘を陵辱することまでやるらしい。
そんな被害に対しての対処を一手に引き受けて貰っているのはグレイ・エイシェス───現在身分を隠して部下として働いてくれているクラウス・ガリューゼ王子である。
影で『王族殺し』などと言う汚名まで受けながらも、その仕事を率先して行う彼の姿は、この都市に彼らが現れたあの日、『弟王子』を護るどころか自身が大怪我を負ってしまい、結局、最後まで護られてしまったことを彼は悔いているようだった。
現在も近隣の村から王族を名乗る者が狼藉を働いているとの連絡を受けて、クラウスは数名の部下とともに旅立ってしまった。
「まったくエイシェス隊長は真偽の確認もまだの内に討伐に行くなど……」
ガイフィードの元に書類を持ってきた文官の一人が、クラウスの行動に非難の言葉を発する。
「本物が現れても彼の手により葬られることになりかねませんな」
「これだから粗野な『王族殺し』殿は困るのです」
それに追随して発せられた科白を発した文官たちに、ガイフィードは鋭い視線を送ることで黙らせる。
そんな大将軍の行動に、傍で控えていた副官のストラウムは苦笑した。
この町の中で、彼らの、グレイやシェリルの素性を知るものは限られている。
もともと王子付きの世話係りをしていた聖長のルアンリル・フィーナ、龍の副長たるケイシュン・ロンファ、それから将軍と自分の二人、たったそれだけだ。
スターリングはもしかしたら感づいているかも知れないが、明確には知らせていないはずだとクラウスの口から聞いている。
「エイシェス卿は偽者だという確証を得たから、討伐へと赴いている。巷で彼に対する芳しくない噂があるようだが、それをこの執務室まで届けるのは如何かと思うが?」
静かな口調で発せられた言葉に、文官たちは居住まいを正すと礼をし、その場を辞すためにそそくさと扉へと向かった。
「うおっと、これはこれは皆さん、お揃いで」
開いた扉の向こうでは、驚いた様子の若き龍の副長が文官たちに気軽に挨拶をしてきた。
彼の後ろには気まずそうにしている少年と憤慨している様子の少女の姿がある。
先ほど自分達が話していたグレイの部下と妹だということに、彼らは小さく舌打ちし、侮蔑するように睨み付ける後、廊下を去っていった。
「立ち聴きとは趣味が良くないですな、ケイシュン殿」
苦笑しつつ、嗜めるガイフィードに、彼は肩を竦めて見せる。
「さすがにお嬢ちゃんを連れている状態で今の会話の中に入れませんよ」
正確には、話の内容を聞き状況を考えずに乗り込もうとしたシェリルをスターリングと二人で宥めていたのだが、その事は言わなくても判って貰えるようだ。
「それで、どのような用事かな?」
将軍は突っ立ったままの3人を自分の前に手招きしながら、問いかける。
その問いにケイシュンは先ほど二人から取り上げた鳩と手紙をガイフィードの前に差し出した。
「これは?」
差し出された物を見て問い返したのはそばで見ていたストラウムだった。
「ソリュード兄様からの手紙です!」
「違います、南方将軍から閣下にあてた文章です」
勢い込んで答えるシェリルの横からスターリングが訂正を入れた。
本来なら将軍宛ての手紙を読んでしまったことは知られてしまうが、真実を違えて報告するよりはましに思えた。
「ほう、それは」
年若き少年少女の言葉を頭の中で継ぎ合わせて理解したガイフィードは、小さく笑いながら小さな手紙を開いた。
やっと手紙がガイフィードの元へと届きました。
シェリルは身元が知られている人がいるので、少し我侭に振る舞っています。