第二十九話:少年少女の葛藤
年の近い兄が旅立ってから、彼女は彼がどうしているのかずっと気に留めていた。
とくに年上の兄・グレイが回復し、グレイの彼女とみなされる聖長・ルアンリルと仲睦まじい姿を見ていると、余計に彼を孤独にしている自分の存在を思い知らされているようだ。
しかしそれでも無理に飛び出し、彼を探しにいかないのは彼女自身にそれをできるだけの技量が無いことを痛切に理解しているからだろう。
守られるだけの立場では文句など言えないと、スターリング自身が彼女に突きつけた言葉が彼女をここに押しとどめているのだ。
「この手紙、至急、大将軍にお届けする」
少女の視界からソリュードの名前を遠ざけるように、スターリングは手紙を元々あったように折り畳んだ。
「あ、はい」
少女は彼の言葉に頷くと鳩を胸に抱えたまま自分の剣を拾い上げる。どうやら報告に行く彼についていく事に疑念も持っていないようだ。
スターリングはふぅっと小さく息を吐くと頭を振って見せた。
「僕だけで行くから、剣を片付けておいて」
軍属である自分ならまだしも、彼女に将軍の元へ行く資格は無い。
たとえどこかの貴族の姫君だろうが、だ。それが彼女には理解できていないようだ。
「でもっ!この鳩を保護したのは私よ、その手紙は私が届ける義務があるの」
少女は声を張り上げると、絶対に渡すものかと手の中の鳩を胸へと抱きこむ。
こうなった彼女を言い含められるのは、今は遠くにいるソリュードだけなのではないだろうか、とスターリングはこの頃、思うようになってきていた。だからと言って彼女の言い分を聞いていたら、彼女はいつまで経っても自分の不自然さに気づかないだろう。
彼は気を引き締めて、彼女の申し出に首を振って見せた。
「だから、将軍のところに届けるのに軍属じゃない君が行くのは間違っているでしょ」
「それでも、私が拾ったんだから私が届けるのっ!」
自分の願いを聞いてくれない少年の言葉に、シェリルは目元に大きな涙の粒を浮かべ「いやいやいやっ」と頭を振る。
(しまったなぁ)
改めて、彼女の前で手紙を開いてしまった事をスターリングは悔やんだ。
絶対に譲らない二人の態度はその場の空気を膠着させている。
「二人して、何、楽しんでるんだ?」
「「ケイシュンさんっ!」」
二人の間に漂っていた緊張をあっさりと切ったのは、聖長とともにこの町を守る軍の世話になっている龍族の若き副長ケイシュン・ロンファだった。
軽い口調でにやりと笑う彼に、二人は少し顔を赤らめると自分の手にあるものを差し出して反論する。
「僕はこの手紙を将軍に届けようとしているだけです」
「私は一緒にこの鳥を将軍に渡すからそれについて行こうと思っただけです」
「「別に楽しんでいるわけじゃないです」」
最後は声をそろえて反論した二人に、彼は人の悪そうな笑みを更に深めるとスターリングの手の上にある手紙と、シェリルの手の上で目をくるくるさせている鳩を掻っ攫った。
「それじゃ、両方とも俺が届けてやるよ」
「「ああっ!」」
あっという間の出来事に二人は目を白黒させながら、声をあげた。
「ずるいですっ!ケイシュンさんっ!その鳥は私が連れてくのっ!」
体いっぱいで抗議するシェリルにケイシュンは肩を竦めると、仕方ないとばかりにぽんっと彼女の頭を叩いた。
「はいはい。じゃ、お嬢ちゃんは俺についてくるかい?」
「いいの?」
ぱあああああっと明るくなったシェリルの顔とは逆にスターリングは慌てて「ケイシュンさんっ!」と目の前の青年に非難の目を向けた。
「って訳だからお目付け役のスターリング、お前もついて来いよ」
しかし龍族の青年はそんな少年の文句など聞き入れるはずもなく、諦めろとばかりに肩を軽くぽんぽんっと叩いてみせた。
(結局こうなるんだ)
そんな青年の態度に、スターリングはがっくり肩を落とす。
ふと視線を感じるとシェリルが大きな目をこちらに向けて、何か謝罪しようとしている。
彼はそんな少女の視線に、小さく笑って見せると、自分を諦めさせるように小さく息を吐いたのだった。
サブタイトルが見つかりません。っていうか、今回のサブタイトルほど付けにくいものはありませんでした。
せめて将軍のところまで辿りつけたら『大将軍への報告』とでもつけれたんですけど。
話的にはケイシュンの漁夫の利……これをそのままつたら何の話かわからなくなるので、却下ですよね。
とりあえず、苦労人スターリングの受難は続きます。