第二十七話:王女の憂鬱
北方の要塞都市・ブロージェカ。
その都市の中、王女・シェリルファーナは今日も不満そうに空を見上げていた。
この都市に来てからもうすでに3年の時が経とうとしている。それは一番年の近い末兄と、長兄の二人と別れてからの期間となる。
長兄は敵に囚われてからの情報が殆ど無い。昔馴染みの魔術師からの話ではきちんと敵の手から逃亡したと聞いているが、それならば何故、自分達の元に帰って来てくれないのだろうか。その問いを投げかけようとするたびに、ルアンリルも一緒に逃亡してきた竜族の青年・ケイシュンも曖昧な反応だけで答えてくれない。
その様子に腹を立て次兄に文句を言ってみても、彼は『答えないってことはそれなりの理由があるからだろう』と結論付けて、自分に加勢してくれようとはしなかった。
「なんで、なんでよ」
ぎゅぅっと拳を握り締めても、答えなど出ない。やけに苦しくなって、涙が出そうになるだけだ。
「私に、力がないから、話しても貰えないのかな」
守られているだけでは、自分の与えられた情況に文句を言う資格などないと悟らされた3年前のあの日から努力し続けているのに兄たちの足元にも及ばない。自分は無力な十二歳の少女でしかない。
出自が高い身分の息女だと知れているせいか、周りの大人たちも自分を丁寧に扱う。武道を習いたいと訴えても、聞き入れてくれる人など少ない。
「待たせた?」
不意に呼びかけられた少年の声にシェリルは嬉しそうに振り返った。
立っていたのは、自分の願いに快諾してくれた次兄の部下であり、末兄の信頼厚い少年・スターリングだった。
「大丈夫。さ、剣の修行をお願いします」
茶色の長い髪を後ろでひとつに縛り上げた彼女は末兄と同い年の彼に一礼をしてから、剣を構えた。スターリングも軽く一礼をすると自分の腰に誂えている剣を抜く。
「たぁっ!」
最初のころよりも幾分かマシになった踏み込みで鋭く切り込むと、スターリングは剣先でそれを流す。
「第一激の後、横への注意を怠ってる」
自らの横をすり抜けるシェリルの体をぽんっと押せば、少女は自らの勢いとあいまってすぐに転んでしまう。しかし彼女も慣れて来たのか、そのまま受身を取りすぐに立ち上がるとまたすぐに剣を横に閃かせる。
「受身からの攻撃はうまくなってる。ただ腕が伸びてないから、距離が稼げない」
それすらも読まれているように払われて、シェリルは唇を噛んだ。未だ自分はこの師匠に本気を出させることができていない。それが口惜しくて仕方ない。
意気が上がりそうになりながらも必死で剣を振るう少女に、スターリングは少しだけ眉をしかめた。
(やはり剣だと体力の無さが浮き彫りになるな)
少女の太刀筋はそれほど悪くは無いのだが、体力が無いため剣先の動向に振り回された挙句、スピードが出ずにすべてを台無しにしている。
(剣よりも弓の訓練を多く加えたほうがいいかもしれない)
やはり人には向き不向きがある。目の前で必死に剣を振るう少女は、どう見積もっても剣技に不向きな部類に入る。幾分かマシにはなっているが、習い始めた当初は剣を持ち続けるのさえ大変な程に武器というものに慣れていなかった。
(ソリュードやグレイは普通に戦いなれしているし、一般の兵士と混じっていても違和感はないけど彼女は……)
仕草や言動から見ても彼女は高貴な姫君だ。兄二人とまとっている空気が違う。
かと言って、彼らが兄妹の振りをしているのかといえばそうでもないようだ。シェリルとすぐ上の兄との顔立ちはどことなく似ているし、髪の毛の色と瞳の色でいけば上の兄と彼女は同一の者を持っている。
(本当に、なんかちぐはぐな兄妹だよな)
スターリングがそんな余所事を考えているのがわかるのか、彼女は大きくほほを膨らませると目暗滅法に剣を振り回してきた。
「そんなに滅茶苦茶に振り回すと、自分に刃が向くことになるから」
スターリングはそれだけいうと無駄の無い動きで少女の後ろへと回り込み剣を叩き落とした。
「だって…、剣の……稽古して…る……に、他……事考えてるから」
彼女は上がる息を抑えながらも必死に文句をつけた。
どうやら考え事をしていたら彼女の体力が切れるぐらいまで剣を揮わせてしまったらしい。
「わかった。でもとりあえず、休憩しようか」
やっと自分の方へと機を向けてくれた少年に向け、再度、剣を拾い構えようとしているシェリルにスターリングはそう提案したのだった。
数ヶ月ぶりの小説更新です。
引越しと、コンピュータの買い替えでしばらく更新できませんでしたがやっとこさ、目途がつきました。
話は主人公から離れて妹のシェリルファーナとソルディスの親友・スターリングを中心として暫く続くことになると思います。