第二十四話:訪れた援軍
ソルディスの無事を確かめるマキシムの抱擁が一通り終わったところで、ソルディスはマキシムとフレイルを伴って村と外界とを繋ぐ街道へと向った。
戦によって出来た屍は敵・味方関係なく残った村人たちが葬っている。よく見るとトラント卿の部隊から離脱したグルブナット卿の率いる傭兵隊も埋葬に手を貸している。伝令が行き渡っているからだろうか、村人たちは自分たちの村の警備隊ではない人間の存在を出来るだけ気にしないようにしていた。
もとより、オージェニック将軍の軍隊が来るまでの短期間の略奪のつもりだったのかトラント卿の引き際は見事で、すでに村近くの街道からも見えない位置にまで撤退をしている。本来ならば敵襲を受けてから助けを呼ぶため、略奪を受け始めてから後4〜5日の猶予はあると思っていただろうに、とソルディスはゆっくりと思考を巡らせた。
もし、それだけの時間があったとしたら、確かに村は一溜りもなかっただろう。やはり騎士としての訓練を受けているものと急場でソルディスに鍛えられた村人ではそのスキルの差は必至だ。
せめて自分たち程度ではないにせよもう少し、戦略と戦術のセンスに恵まれた騎士が欲しいと思ってしまう。
ふと、思考の淵から上ってきたソルディスの耳に駆けてくる馬の蹄の音が届いた。
余程急いでいるのだろう。いつもなら揃っているその音は、ばらばらではあるが軽快なリズムを刻んで近づいてきている。
「あ、本当に到着した」
ようやっと視界に砂煙を上げ近づいてくる軍の姿にソルディスは歩くのをやめた。
「本当にって……」
「副隊長……」
何の気なしに発せられたソルディスの本心の呟きに、フレイルとマキシムは呆れながら肩を落とした。
オージェニック将軍と副官のランズールは村に続く道をただ只管に駆けていた。
途中、村へと続く街道とトラント卿の領土へと続く道への分岐点のところで見慣れぬ軍勢を見かけた。たぶんあれが村を攻めていたトラント卿の兵なのだろう。とりあえず、余り深追いしないように言いくるめ、残兵を蹴散らすために少数の部隊で追撃させた。
だが、本隊はそのまま村への進路をとった。指揮官二人に取り、まず心配すべきは先にランズール卿の領地である村とそれを守る年若い副官の無事だったからだ。
「ランズール、あれを見ろっ!」
村へと続く街道の一角に青年二人を従えた黒髪の少年の姿があった。
将軍たちの部隊を見つけ大きく手を振ってみせる少年とは対照的に、青年たちは何か疲れたように肩を落としていた。
「ソリュード・アドラム!無事だったか」
ランズール卿の発する言葉が届いたのか少年は村のほうを一度指差して、大きく腕でマルを作ってみせた。どうやら彼は村の無事を問われたと思っているようだ。
そんな少年たちの傍でオージェニック将軍らは馬の脚を止めた。
「素早く援軍を下さったお陰でかろうじて勝利することができました」
深々と頭を下げる少年の姿に二人は目を眇め、ゆっくりとした仕草で馬から下りた。
目の前の少年は相変わらず小さな身体をしていた。華奢にみえる体つきは未だ彼を実年齢よりも幼く見せている。この細い腕で騎士をも凪ぎ殺す技を繰り出すことなど実際見ていなければ誰も信じないだろう。
「よくぞ、村を守った」
ランズールの言葉に、ソルディスは視線を村へと戻すと「みんなが頑張りました」と告げた。それから少し視線を落とし、悔しそうに呟く。
「でも、俺の采配ミスのせいで5名ほど死人が……それに負傷者も沢山出ています」
いつも死人を出さないように心がけている少年は、こういう報告をする時誰よりもつらそうな表情をする。
戦なのだ、ある程度の死者は仕方の無いことと優しい少年には思えないのかもしれない。
「5名で采配ミスなら殆どの将軍が無能だな」
ソルディスの言葉にオージェニックは溜息まじりに呟いた。
自分の言葉に将軍が気分を害したのだろうかと考えたソルディスは慌てて言葉を募ろうとした。
「それは、戦が大きいから……今回みたいな村の小競り合いとは規模が」
その言葉をオージェニックは大きく首を振ることで制すると、まだ自分の眼下にある彼の頭を撫でた。
「いいかい、ソリュード・アドラム。今回の君の相手は正規の軍勢だ。それを相手にまだ戦になれていない村人を使い、僅か5名の死者で済ませたのだ。それは誇れることだと思いなさい。卑下することは君の補佐をしているマキシムの評価も下げる可能性がある」
「あ、はい……すみません」
言い諭された言葉にソルディスは大きく頭を下げた。まだ自分はこういう人との付き合いの仕方が下手だと思う。
ただ自分の頭を撫でてくれる手から伝わってくる優しい感情は、ソルディスに対する怒りなどは微塵も無くてそれがくすぐったかった。
「誉められた場合は、単純にお礼の言葉だけでよい」
簡潔に纏められた言葉にソルディスは穏やかな表情を浮かべ、
「はい……えっと、ありがとうございました」
と心の底からの感謝の意を言葉にしたのだった。
やっと将軍たちの軍が到着しました。長かったです。本当に長かった。
これでやっとこの村での話から一旦離れれます。