第二十三話:戦の幕引き
投げつけた槍はまたもブランジッドの護衛の一人を馬上から落とした。
一人、また一人と自分の護衛から殺していく少年の淀みない攻撃にブランジット卿は「ひぃぃっ」と醜態を晒しながら悲鳴をあげた。
「な……何をやっておるっ!敵は小僧一人だ。どうやってもいいから叩き落せっ!」
あまりの恐怖に金切り声で命令を下したブランジッドの声で、ソルディスの周りにいた騎士たちは慌てて剣を抜き放ち、槍を身構えた。
「やっと、その気になった?」
歌うように、楽しそうに呟く少年の顔はこの世の理由も着かぬ恐怖を具現化しているようだ。
しかし自分たちにだって面目というものがある。たったひとりの少年の気迫に尻込みして負けるなど、後々の自分の評判のためには許されざることだった。
騎兵の一人はごくりと大きく唾を飲み込むと、馬の腹を蹴りソルディスへと突進を開始した。
「だけど。もう遅いよ」
その騎士の士気を削ぐように目の前の少年は呟いた。
それと同時に撤退を知らせる法螺の音が戦場に響き渡った。
「ランズール卿と……オージェニック将軍まで到着したみたいだ。どうする?」
自分を取り囲む騎兵に臆する事無く、無表情のまま問い掛けてくる少年に騎士たちはぐっと動きを止めた。
こんな恐ろしいモノを見たことが無い。
騎士たちは助けを求めるように自分たちの指揮官であるブランジッドを視線で探した。だがその指揮官は法螺の音を幸いにと自分たちを置いて撤退を開始していた。
騎士たちは今度は互いに視線を交すと急いで剣を鞘へと収め、馬の向きを変えると一目散に逃走を開始した。
ソルディスはその姿を暫く見送った後、大きく息を吐く。
(敵が単純でよかった。次の手がなかったから、危うかった)
自分が見る限り馬上から取れる位置には槍は落ちておらず、敵から武器を奪い取ろうにも体力は限界に近かった。もし彼らが自分の命を顧みず、再度、ソルディスに立ち向かってきたなら、今度は彼自身が遁走しなくてはならなかっただろう。
(そろそろ到着するって解かってたから発足も噛ませたけど)
いくら自分が死なない未来を知っていたとしても、自分が大怪我を負う可能性がないとはいえない。
もう一度大きく息を吐いたソルディスはとりあえず村へ戻るために馬の向きを換えた。
「あ……」
そこに居たのは怒りを乗せた笑顔というとても恐ろしい表情のマキシムと、この後ソルディスの身に起こるだろう事を考えて合掌をしているフレイルの姿だった。
「本当にどういうおつもりだったんですか?」
マキシムは背中に暗雲を背負いながらゆぅっくりと少年に近づいてきた。
「はったりと同時に撤退の法螺がなったからいいようなものの、孤立無援のあの状態で勝ち抜くおつもりだったんですか」
明らかな怒気に何とか言い訳を考えてみるが、どうもいい文句が浮かばない。ソルディスはそれでも何とか勇気を振り絞って自分の補佐官の傍まで馬を進めた。
「えっと、一応、もうそろそろ将軍とか、卿とか来る頃合かなと思ったんだ」
「でも予想半分で、自分でも少しヤバイって思ってたよな」
マキシムの横で佇んでいたフレイルも内心少し怒っていたようで、ソルディスの言葉に有難くないフォローを入れてくれる。
図星を指した台詞に、ソルディスは常に無いぐらいに困った顔をした。そんなこと無いよ、と惚け様かとも思ったが、2対の瞳はそれを許してくれそうにはなかった。
ソルディスはとりあえず馬から下りると、自分より高い位置にある副官の顔を見上げた。
「心配掛けて、ごめん」
殊勝に謝る少年の姿にマキシムはその小さな身体をしっかりと抱きしめ「解かって下さればいいです」と彼の耳元で呟いた。
「あなたにも、心配かけましたか?」
ソルディスの問いにフレイルは少し目を眇めて、未だマキシムに抱きしめられたままで居る彼の頭をぽんぽんっと軽く叩いて見せた。
やっと戦が終わりました。
長かったです。戦の描写は苦手なので、書くのも億劫というか遅筆になるというか。やっぱり平和が一番です。
と、いっても大元の内乱は膠着状態のままなので、戦の幕引きって言うのもおかしいのかも知れません。