第十九話:異能者の悲哀
その沈黙を破ったのは村の警備隊を率いている少年だった。
「傭兵さん、いやグルブナット卿って言ったほうがいいのかな?」
少年の言葉に彼は自分の半生を省みた。
確かに傭兵に身を窶してからは名乗っていなかったが彼は父親からその爵位を引き継いでいた。その地位も誇りも棄ててまで自分は彼女と弟を探すほうを選択した。自分が治めていた土地のことは信頼できる家領に譲り、『傭兵となって仇を探す』と言って家をでた弟と同じように自分も傭兵となった。
剣の腕には自身があったのでめきめきと傭兵としての名もあがり、弟からの手紙で名前が挙がっていたトラント卿の兵団に入ることが出来たのはつい先日だった。
「少年……お前が言ってるのは本当のことか?」
凍りそうになる心を現したように声が低くなる。
だが、目の前に居る少年はそれにも物怖じせずすぅっと目を細めて見せた。
「時守の民から受けた『時主』の名前にかけて」
傭兵は……いやグルブナット卿はそれに深く頷くと、切り殺さんとする視線で画面蒼白になっているダッチェンボルトを見た。
冷酷な光に満ちた視線に晒されたダッチェンボルトはひぃっと情けない声を立てながら身を竦ませる。
「でも、その人、ここで殺さないほうがいいと思うよ。あなたの仲間である傭兵達に証言させるいい材料じゃない?」
表情を動かさないまま、まさに虫の息の男を見下ろした少年の顔に、ダッチェンボルトは自分への恨みを露にしている傭兵よりも恐怖を覚えた。
「俺たちにはこの人、必要ないから連れて帰れば?」
傭兵に人質の所有権を譲渡するためにソルディスがダッチェンボルトの肩に手を置こうとした瞬間、その虜囚は身を捻るようにその手から逃れた。
「化け物っ!」
ダッチェンボルトの叫び声に、憤慨したマキシムが抜刀しようとするのをソルディスは視線で制すると、彼の手を怯えるように見ているダッチェンボルトの姿に小さく溜息を漏らした。
「とりあえず、後はあなたに任せます。マキシムはグルブナット卿に付いて行って、後の処理を頼む」
ソルディスはそれだけ言い残すと誰からの視線からも逃れるように部屋を出た。
兵がそれぞれの持ち場に言っているために村の中は驚くほど人は少ない。彼はその中でも一番人目につかない路地に入ると、歩みを止めてじっと自分の手を見た。
「ここでも、『化け物』か」
自分の中に刻まれている呪いの言葉。それを自嘲するように自分に向けて呟くと静かに目を伏せる。
途端に無数に流れ込んでくる、過去の映像と決まった未来の道筋。
この戦は勝ち戦だ。あの傭兵に……グルブナットを見た瞬間に見えた過去と未来。勿論、引き渡したダッチェンボルトがどのような末路を迎えるかも、その時点でわかっている。
「確かに、『化け物』だ」
解かっていたことだ。解かっていることだ。
今、自分を慕ってくれている人たちだって、自分の異能の事や……それ以上の真実を知ればきっとあの虜囚と同じようにこの手を恐れるだろう。その未来を見たわけではないが、何となく自分の中で予測はできている。
「何で、『化け物』……なのかな」
こんな『定まった未来』だけを見る不必要な能力は欲しくなかった。こんな力さえ持っていなければ、父王は愚行に走らなかったかもしれないし、自分のことをもう少し愛してくれたかも知れない。
「いや、それは、無理か……」
あの人が嫌っていたのは能力だけではなく髪の色もだった。
そのことを思い出した所でソルディスは静かに頭を振った。
今はこんなことをつらつらと考えている場合ではない。
ダッチェンボルトが捕まった事はジャグレイからトラント卿に伝わるだろうし、トラント卿の考えはグルブナットから傭兵部隊全体に伝わるだろう。そうなれば傭兵部隊はさっさとトラント卿の隊列から離脱する。それを見越してトラント卿が先に手を打つ可能性もあるが、後方で威張り腐ったままでいる卿の言葉よりも自分たちと一緒に戦っていたグルブナットの言葉のほうを傭兵達は信じることは目に見えている。
そして、何よりも自分の見る未来の映像の軍勢には傭兵が荷担していない。
ふと、新しい『未来』が彼の前に広がった。
「思ったよりも早いな」
見えた『未来』の中にオージェニック将軍とランズール卿の到着する姿が見えた。頭に浮かんだ映像から鑑みてもうすぐ傍まで来ているようだ。
「時は、いつでも俺の味方……か」
ソルディスは寂しそうに一言呟くと、ぐっと表情を引締め恐らく総攻撃を仕掛けてくるだろうトラント軍の本隊を迎え撃つために、村正面へと走っていった。
ソルディスは『定まった時』しか見ることが出来ません。
つまり『過去の全て』と『確定した未来』だけです。また彼の発する『言葉』には独特の能力があるために余り嘘をつくこともできません。(嘘で喋った未来が変節して確定してしまうこともあるからです)
だから見えている『未来』と『過去』を照らし合わせていつも行動しています。
もうすぐ援軍が届けば、一旦、戦は終了です。そうすればもう少し話が早く進むかも、知れません。