第十七話:虜囚への詰問
「こういうのが状況を読めてないって言うんだろうな」
意気揚揚と喚きつづけるダッチェンボルトの態度に、ソルディスは溜息と共にソウ呟くと表情一つ動かさずに自らの刀を即座に抜き放ち、目の前の巨体を薙ぎ払った。
一瞬、何が起きたのか理解できなかった侯爵だったが、自分の身体を襲う痛みに悶えるように地面へと転がりのた打ち回り始めた。
「これが本当のチェックメイト。
ビクター、こういう風に隠し刃を持っている場合があるから、兵は鎧も脱がした状態で拘束しておかなきゃだめだよ」
わざと命を取らない程度に切ってのけた少年にジャグレイは驚きと諦めの表情を浮かべた。
これは情報とは違い飾り物の対象ではない。それを見誤っていた時点でこちらの敗北である。
視線が大人しくなったジャグレイに、ソルディスは少しだけ目を眇めてみせた。
「武装を解いたら、自分の軍に戻ってください。人質と情報源は一人で十分ですから」
少年の言葉にジャグレイは顔を顰めてみせた。
こういうのは戦の定石に反する行為だ。
未だ戦が続いている状態で兵を解放すれば、せっかく削った戦力がまた復活するからだ。
少年の若さからくる判断ミスかと思ったが、目の前の利発そうな少年はそれすらも弁えているように見えた。
「我々を解放するのか?また新たな武器を持ってここを襲うぞ」
とりあえず宣言したジャグレイに彼はゆっくりと頷いてみせた。
「その時には、もう一度剣を交えるまでです。でも、その前にオージェニック将軍とランズール卿が到着しますよ」
ジャグレイには少年の透き通るような水色の視線の先に今にも迫ってくるオージェニック軍の足音が聞こえるようだった。
老将は少しの逡巡の後、深く溜息をつくと先程まで自分が持っていた剣を指差して見せた。
「この剣は大事に保管しておいてくれ。古、国王陛下を守り通した先祖が拝領したものでわが家の家宝だからな」
潔いジャグレイの態度にソルディスは深く頷くと彼から鞘を受け取り、恭しい仕草でその剣を納めたのだった。
兵の処理はビクターたちに任せて、ソルディスはマキシムとフレイル、それから傭兵のトップと思しき人物をつれて近くの小屋へと入った。傭兵の肩には取りあえずの手当てをして貰ったダッチェンボルトが担がれている。
「その辺りに、『それ』下ろしてくれる?」
ソルディスの言葉に、傭兵は頷き多少乱暴にダッチェンボルトを肩から下ろした。
「何をするつもりだっ!貴人を人質に取った時の対応は田舎物でも心得ておろうっ!」
自分の貴族としての立場を鑑みて対応しろと文句をいう男にソルディスは人差し指で耳を塞ぐような仕草をしてみせた。
「うるさいなぁ、あんたの場合、奇人のほうだろ」
「稚児が偉そうに!」
どこか嘲るような少年の口調に、ダッチェンボルトは唾棄するように言い捨てる。
その罵声にソルディスは秀麗な眉間に皺を寄せる。
「誰が、稚児だ、誰が」
最近、どうもこの誤解が敵側に浸透している。どう考えても稚児が出来るほど整った顔をしているとは思っていないソルディスはどうしてそんな風に誤解を受けるのか皆目見当つかなかった。
「ま、顔と年齢でそう見えるってだけだ。気にしてたら疲れるぞ」
たぶん、自分の顔の綺麗さに気付いていないのだろうなぁ……という意味を含んだフレイルの言葉に、扉の傍で控えていたマキシムも小さくうなずいて見せた。
(………二人とも、戦が終わったら少しじっくりと話し合ってもらうよ)
これ以上この話題を続けるのも面白くないソルディスは、そこで一旦話題を打ち切り縄で拘束されているダッチェンボルトに向き直った。
「さてと、ダッチェンボルト卿?少しお話をしましょうか」
床に転がったままの自分を見下ろしてくる少年の瞳に、ダッチェンボルトは少なからず驚異を覚えた。
確かに見目麗しい子供では有るが、その瞳はどこか無表情で冷徹さを秘めている。少なからず、人の命をその手で奪うことに慣れている目だ。黒髪の奥に鎮座している透き通るような水色の瞳は、何か全てを見通しているようにも感じた。
「2年前の王都に始まり、パーグレット、ヴォナハン、サーヴェルグレイス、マウニー……。
トラント卿の軍は数多くの傭兵を抱えているにも関わらず、蓄財が目減りするどころか必要以上に増えているように感じるのですが、どうしてですか」
ソルディスは都市の名前を呼び上げるたびに彼の前に指を立ててみせた。
ダッチェンボルトは最初に上げられた2つの都市までは平静を保っていたダッチェンボルトだったが残りの3つの都市の名前を聞いた瞬間表情の奥に戦慄が走った。
ソルディス、鬼畜で策略家の一面を発揮です。
実は傭兵の名前、いまだに決めてません。ダッチェンボルトみたいな長い名前はやめます。ええ、絶対に。打つだけで指が疲れるもん。この名前。
とりあえず、ちょっと書き留めていた話4話(もう一つのシリーズも加えると5話)一気にupしてみました。
うにゃあ、疲れたという感じです。