第十六話:敵将の捕獲
もんどりうって転がってゆく兵を横目で見ながら、フレイルは弓兵へ合図を送る。
と、同時に罠に掛かった敵兵に向かい無数の矢が射られた。
所々で断末魔の悲鳴が上がっているが、その殆どはトラント卿の正規軍のように見える。一方で傭兵と思しき人物たちは羽板の罠が発動すると同時に各々の判断で後方へと引いており、それほどの被害は受けていない。
「さっすが、場数を踏んでるだけはあるか」
フレイルは小さくぼやいて見せると二つ目の合図を送った。それと同時にマキシムが率いた軍が傭兵たちの群れの横っ腹に突っ込んでゆく。
思いも寄らぬ強襲に傭兵達は慌てて剣を構えようとしたものの、2方向から仕掛けられる攻撃に不利を悟ったのか大きく舌打をした後、踵を返して逃亡を開始した。
マキシムたちはその一団にある程度警戒しつつも深追いはせずに取りあえずはフレイルが率いている仲間の下へと合流した。
「さて、あんた達を守る傭兵も消えてくれたことだし、チェックメイトとしたいけど。投降する気ある?」
兵の中でも一番高価な鎧を着けている身分と気位が高そうな人物にフレイルはにっこりと問い掛けて見せた。
「ふざけた事を抜かすなっ!」
白い髭を生やした少し痩せぎすの将が唾を飛ばしながら反論しようとしたが、その横で構えていた脂ぎった感じの否めない将校が慌ててそれを止めた。
「ジャグレイ!黙っておれっ!」
その声に老人は不満そうに男を見た。しかし軍の中では彼の方が上位なのだろう、渋々ながらに口をつぐんだ。
「ワシはトラント卿の部下でダッチェンボルト侯爵じゃ。こっちはジャグレイ男爵。正統な手続きで捕虜となろう」
何処か尊大でだが、瞳に謙った色の見えるダッチェンボルトにフレイルは少し鼻白んでみせたが、正式に申し出てきた者に下手な対応はできないためにとりあえず二人に向かい鷹揚とした雰囲気で頷いて見せた。
「それじゃ、武装を解除してもらえるかな。下手な動きをすれば控えている弓兵が矢を射掛けるから覚悟してくれ」
フレイルの声に二人を含めた兵たちが自らの手にしていた武器を地面に落とした。フレイルは全ての手から武器が離れたのを確認すると控えていたビクターに武装放棄の確認をさせる。
「あ、終わってる」
投降してきた兵士たちの見聞をしていると気の抜けるような口調の少年の声が響いた。
「副隊長!」
マキシムの言葉に兵たちが驚いて声の方へと視線を向けた。
そこにいたのは幼い感がまだ残る黒髪の少年だった。その後ろにはトラント卿と取引をしていた傭兵の姿も見える。
「誰ですか、それ」
二人の将兵の検分をしていたビクターがソルディスの後ろに立つ見知らぬ男の姿にぽかぁんと口をあけて訊ねた。
ソルディスはそんな彼の問いに小さく肩を竦めて見せた。
「敵の傭兵。向こうで得ていた情報がおかしいって事で暫く休戦していろいろと話そうって事になったから、連れてきた」
それから彼は慣れた足取りでビクターの傍に近づくと捕らえられたばかりの二人の顔をじっくりとみた。
白い髭の老将はそんな少年の顔を忌々しそうに見つめている。少しつついたら噛付いてきそうだ。彼は実用的な鎧を身に纏い、明らかに戦うことや義に忠実な人間に見えた。
そしてもう一人は明らかに戦闘向きではないでっぷりとした脂ぎった身体に豪華絢爛な鎧を纏っており、近づいてきた少年をまるで物色するかのように見ていた。
「本当に稚児が兵を率いてるとはなぁ」
ぽそりと呟いたダッチェンボルトの言葉にビクターを含めた回りがかっとなり少し兵の集中が途切れた。それを見越していたのかダッチェンボルトは腕にしこんでいた刃を取り出すと不用意に近づいてきた少年の首元にそれを当てた。
「気を抜いていたのが敗北だなっ!形勢逆転だっ!貴様らの上官は人質になった、道を開けてワシを元の部隊へ戻すんだなっ!」
大声で喚く男にソルディスは呆れるように小さく息を吐いてみせた。
サブタイトル、まんまです。
他にタイトルのつけようがなくて……ひねりぐらい加えたかったんですが。