第十四話:開戦の朝
翌朝、まだ明けきらぬ内からソルディス達は陣を展開し始めた。近隣の村へと協力を頼んだ仕掛けの部分は報告により、予定より早く罠が完成しているとの事だった。
「とりあえず、自分たちの軍の罠にひっかからないように」
ソルディスが眠たそうな視線で兵たちに言うと、彼らは苦笑して見せた。まだ自分たちがこういう戦いに慣れていなかった時に何度となく目の前の少年に迷惑をかけた自覚があるからだ。
「ファード殿は昨日同様にビクターの隊に入ってください」
フレイルはその言葉に了承の意味をこめて軽く手を上げて答える。
「たぶん、今日が正念場だと思う。各自自分の命を大切にして村を守りぬこう」
ソルディスの発した言葉にその場の全員の顔に決意の炎が灯る。
その様子にソルディスは深く頷き、椅子から立ち上がった。
そしてそのまま振り返らずにドアを出て行く。他の人物も彼に続いて、自分たちの持ち場となる部隊へと合流するために部屋を出て行った。
「それじゃ、俺たちも行きますか」
最後に部屋に残ったフレイルはもう一度地図と罠の位置や方向を確認すると後ろに控えていたビクターに笑いかけた。
夜明け直前の静寂の中、山間の集落の周りで一斉に鬨の声があがった。
ソルディスはその前線に立ちながら相手の傭兵の様子を見ていた。
(あまり、士気が落ちていないな)
大体の場合、荷駄が燃えると金にならないと踏んだ傭兵達の士気はがた落ちになる。
その辺りが家人として仕えている者と金のみの付き合いの者との差となる。
(余程大きな嘘をついたか、それとも……)
彼はそれを確かめるために傭兵の中でもリーダー格と思える男の傍へと間合いを詰めた。
「なんだっ!こんな小僧まで戦わせてんのか、この村は」
明らかに馬鹿にした口調であしらうように繰り出された切っ先をソルディスはするりと交すと、返す刃で鋭く相手の身体を叩きのめした。
「ぐはっ!」
もんどりうって崩れ落ちた男の姿に傭兵達は気色ばんだ。
しかしソルディスは彼らの侮りに目元をすぅっと細めると更に次の傭兵へと踵を返した。
少年とは思えない太刀筋に先程まで笑っていた傭兵の顔に動揺が走る。
(こんな話じゃなかったぞ)
おいしい話だと思って自分たちは参加した。報酬もいい、その上、落とすべき村には将軍のお気に入りだというまだ年若い小姓しかおらず、後は村の自警団だけを相手にすればいいはずだった。
それなのに目の前の青年たちは明らかに訓練された動きをしており、自分たちを雇っているトラント軍よりも統率が為されている。
(年若い、小姓……年若い……)
傭兵の一人はそのことを思いだし、目の前で一時的とはいえ仲間となっている傭兵をなぎ倒している敵の少年を見据えた。
「貴様が、村を仕切っている南方将軍の小姓かっ!」
「はあ?」
ソルディスはその言葉に一瞬、動きを止めて考えた。そして言葉を理解すると同時に顔に青筋を浮かべて著しく不愉快な言葉を発した男へと詰め寄った。
「誰がっ!小姓だっ!第一、俺が仕えているのはランズール卿の方だっ!」
その怒鳴り声に村の自警団と思われていた軍団はぷっと小さく吹き出した。
自分たちの副隊長はその容姿が仇となり、このような誤解を受けることが多いが、本人はあまりそういう誤解を受けることに慣れていないようで誤解の言葉が飛ぶたびにこのように大きな声で反論をする。
言葉を出した傭兵は少年の真剣な嫌悪にまた暫し考え、すぅっと右手を上げた。
「おいっ!一旦、剣をひけっ!」
男の言葉に傭兵達は驚きながら、戦っている相手から間合いを取った。
「どうしたんすか、お頭」
どうやらこの傭兵隊は他の個の契約の傭兵とは違い、男がすべてを仕切っているようだ。
「ちょっとこの『小僧』と離したくなってな」
頭と呼ばれた男はソルディスの存在を部下たちに顎で示した。
「どうやら、俺たちが貰っている話といろいろと違うようだし、そうなると報酬も怪しいからな暫く、そうさな俺が話し終るまでの休戦だ」
部下たちにそう宣言してから剣呑な視線を向けてきた男にソルディスもすぅっと右腕を上げてみせた。
「みんな、気合を抜かないでおいてくれ、話し合いが終わったらさっき以上に戦う可能性も棄てきれないから」
武装は解除しないまでもソルディスの部下たちも2、3歩さがって自分と対峙していた相手から間合いを取る。
それから彼は男に視線を戻すと、何の感情も映らない目で彼をじっくりと観察し始めた。
奇襲戦から一変してちゃんとした戦の開幕です。
ちょっといろいろな流れがあったため、書き上げていたのにアップが遅れてしまいました。
ちなみにソルディスはその外見のせいのため、『小姓』とか『稚児』とかいう噂が絶えません。
でも本人には自分が『美形』である自覚がないために何故そんな噂が立つのか分かってないようです。