第十三話:主君の思惑
「副隊長っ!」
現れたその姿にマキシムは声を殺しながら……だが精一杯の驚きを乗せてその人物を呼んだ。
フレイルはある程度予測していたのか「ああ、やっぱり」とばかりに頭を抱えている。
「逃走経路だけはちゃんと確保しておかなといけない」
ソルディスはそういいながら刀の先で自分の後方を示した。
「だから経路確保のは他のやつにやらせろよ」
フレイルのぼやきにソルディスは心外そうに首を傾けた。
「俺が一番確実なのに、なんで他の人を危険に曝さなきゃいけないんだ?」
((ああ、こういう人だった))
何がいけないのか全く理解できていない少年に年長者二人は重いため息をついた。
この人は絶対に自分を大事にしない。一番に自分の懐の中にいる人間の命を優先する。その上、その人たちが彼のことを心配していることを理解できないのだ。
今回だってフレイルが名乗り出なければ、周りがどれほど止めようとも自分一人で敵を攪乱しに行っただろう。
そして今もたった一人で二人のために逃走経路の確保をしていた。
(たまには頼ってくれてもいいのに)
それは村人全員の心の声だった。
ほんの少しでも少年の負担を減らすことが出来るのなら、自分たちはどんな困難なことでも成し遂げる意力はあった。
「それよりものんびり出来ないから。お小言は後で貰うよ」
ソルディスはそれだけいうと二人に背を向け茂みの中へと入っていく。
フレイルとマキシムは互いに視線を合わせもう一度ため息をつくと、少年に遅れないように村への帰途へついた。
フレイルの画策どおりにトラント軍の傭兵たちの指揮はこの攪乱により著しく落ちていた。中には見張りの少ない小型の荷駄に集団で襲い掛かり金品を持って逃げようとする者まで現れる始末だ。
「これだから用兵は信用できぬのです」
炎の攪乱が一段落し、傭兵たちの内乱も一応鎮圧した後、将たちは再びトラント卿の天幕へと集まった。
「反乱を起こしていない者も、報酬が貰えぬなら去ると言い出しております」
「いっそ彼らの力など借りずとも我々だけであの村を落とせばいいではないですか」
口々に進言する部下たちにトラントは鼻白んだ表情で答える。
「小僧があの村を守るようになってから過去2回、そなた達が言うように我が軍だけで攻め、陥落したのを覚えておらぬようだな」
自分たちの主君の言葉に部下たちはぐぅっと言葉を飲み込んだ。
そうだ、前回、前々回と彼らの言葉を聞き行動して手痛い目にあった。トラント軍だとわからないように進軍したから彼の名誉には汚点はついていないが、それでも失態としての記憶は鮮明に残っている。
さらに今回はトラント自身が率いての攻めだ。子供相手に、単なる村の自警団相手に負けるわけにはいかないのだ。
そのためには捨て駒にも出来る傭兵は必要不可欠だ。
さらには敗戦の原因を彼らに押し付けることも出来る。
「能力の高いものだけ報酬を2倍にすると言って引きとめよ。なんならばあの裏山に鉱山があることをそれとはなしにばらしてもよい。その他の者は適当な路銀を与えて放逐せよ」
トラントの言葉に天幕の中はざわめいた。
鉱山があることは傭兵たちには内密のはずだった。それをばらせば報酬を更に加算せよと言ってくるのは目に見えていたからだ。
だが部下たちの動揺にトラントはにやりと口角をあげて見せた。
「なに、人数を減らしたほうが最後の時に処理しやすいであろう?」
もともと多数に集めた傭兵たちに彼は報酬をきちんと与えるつもりなどなかった。この世情、人などどんな物資より簡単に集まるのだ。実際、なんどか傭兵を集めては終わった後に処理してきたが、別段、問題になることはなかった。ようは処理の仕方の問題だ。きちんと一人も逃さずに処理できれば、悪い噂など広がる余地はないのだ。
部下たちもそれを理解したのか「それもそうですな」とばかりにトラントの言葉に頭を下げて見せた。
ソルディスとトラント二人の主君の考え方の違いの比較でした。
ソルディスは部下や家族を守ることを優先とし、そのために自分を犠牲にする人間です。
一方、トラントは自分の利益と権力維持のために部下への圧制を引いています。さらに傭兵など騎士でないものが自分と同じ『人間』であると理解していません。