第十話:軍師の手並み
フレイルの案に難色を示したのは誰でもないソルディスだった。
そんな彼の顔色を読み、フレイルは更に言葉を繋げる。
「そりゃ、突発出の俺が行くのは作戦として心配かもしれないけど、誰か俺よりも強い人間を見張りに着けて潜入させるとかすりゃいいだろ?」
彼の言い分はちゃんと筋が通っている。
そうなれば彼よりも強い人物の選定となるが、ソルディスが行くことを止められている以上補佐のマキシムが彼に付き従うことになる。
ソルディスはフレイルとマキシムの顔を少しの間眺めると、小さく息を吐く。
「わかった。それじゃこの作戦はフレイル殿に任せる。彼と行動するのはマキシム、あなたにお願いする」
やっと出た承諾に、フレイルを含めた周り全員が胸を撫で下ろした。
ここで更に駄々を捏ねられたらどう対処したらいいのか分からなかったからだ。
フレイルにとってみれば自分はぽっと出のよそ者であるし、他の者に取ってみれば一番幼いとはいえソルディスがこの中の最高指揮官だ。唯一言い返せれるだろうマキシムは副隊長の後見人であるランズール卿よろしくソルディスに対して非常に甘いのだ。
強く出られるといつも彼の言うなりになってしまう傾向がある。
「それで後誰を連れて行くの?」
潜入作戦にしても人数が少なすぎる気がする。更に陽動まで考えているなら明らかに人手不足だ。
だがソルディスの問いにフレイルはにぃっと笑ってみせると、
「二人ぐらいでやるから意味のある陽動もあるんだぜ?」
と不敵に言ってみせた。
宵闇の中で部隊は刻々と規模を膨らませていた。
彼らも食料の焼失を恐れているのか補給のための荷駄は数箇所に分けられていた。
フレイルはマキシムの誘導のもと部隊がすべて見える場所まで辿り着くとじぃっとその隊編成を確認してゆく。
「なあ、お前さんってどれぐらいに強い?」
視線を隊のほうに向けながら彼は後ろに控えているマキシムに問いかけた。
「副隊長には及びませんが、ガイフィード卿の元にいるグレイと同じぐらいの腕前だと自負しています。彼とは同じ師匠のもとで修行しましたから」
その言葉にフレイルは驚きの目で彼を見た。
だが彼は自分の言った言葉の意味が分かっていないのか『それがどうしたのだ』という視線で彼を見つめている。
(なるほど……クラウス王子の兄弟弟子ね。そのこと、ソルディス王子は…知ってるだろうな)
彼の過去見の能力はある筋から聞き及んでいる。ならば彼の過去に自分の兄が関係していることなどとっくに承知しているだろう。
「てぇことは、あの剣聖としても知られるハーブリット老の弟子か。それじゃ期待してる」
フレイルは何とか自分の考えを誤魔化すと彼のほうに向けて包みを差し出した。
「炎起玉だ。だが従来のものと違ってこれは強い力で斬りつければ斬りつけるほど時間を置いて爆発するように改良されている。もちろん、爆発の威力も同じように比例して大きくなる」
フレイルは包みからひとつ取り出して地面に置くと持っていた刀で小さくつつく。
それと同時に玉は小さな音だけ立てさほどの威力もなく爆発した。
「とりあえず適当な荷駄に近づいて潜伏してくれ。そして俺が一つ目を爆発させると同時に一つ目を確実に斬り付けて次の荷駄へと向かってくれ」
再度差し出された包みをマキシムは受け取ると、視線を隊編成が終了しそうな敵軍へと向けた。
「これは人数が多いほうが陽動になるのではないか?」
各自いっせいに荷駄に仕掛けて逃げるほうが作戦としては成し易いはずだ。当然のようなマキシムの問いにフレイルは苦笑してみせた。
「いや、多いと逆に気づかれる可能性が出てくる。あっちにいるのは騎士か傭兵だ。あんたぐらいの人間なら紛れ込めるが、副隊長ぐらいの年齢の子供や人のよさそうな他の連中だと却って浮いちまうんだよ」
あの部隊の中でこの中に潜入しても気づかれないのは彼ぐらいだった。他の人間は明らかにまだ『騎士』としての規律のある動きができていなかった。もしソルディスがマキシムを指名しなくてもフレイルは彼を潜入作戦の要員として指名するつもりでいた。
「褒められているのか迷う言葉だな。俺も前まではあっちの連中と同じ顔をしてたんだけど」
「どっちでもいいだろ。とにかく、村とあの少年を守るために互いに死力を尽くそう」
フレイルは自分の分の炎起玉の入った袋を腰に括り付けると「それじゃ、先に行く」と残してするりと部隊のほうへと進んでいった。
マキシムはそんな彼の後ろ姿に「副隊長を守るのは我々ですよ」と嘯いてみせるとさっさと潜入するために彼とは反対側の方向へと向かった。
やっと陽動作戦開始になりました。
潜入組みはフレイルとマキシムです。
マキシムは周りには隠していますが貴族としての地位を持っているので、騎士や傭兵に紛れ込むことができます。