使い魔よ、大志を抱け
「使い魔たちのレベル上げは……まあ、口で説明するより、実際にやってもらったほうが早いわね。それでは、カイちゃん、いってらっしゃい」
説明パートをすっ飛ばした銀髪が、軽く手を振る。
「?……行くって、どこ、へ?!」
突然、俺を中心に直径2メートルほどの大穴が開いて、急降下。
深く深く、奈落の底かってくらいの距離を落ちていく俺。加速かかって、このままいくと即死級の着地の衝撃が待ち受けてる?
「ご主人様!」
俺とは真逆の体勢で下降してくる使い魔たち。
ああ、あいつら飛べるんだった。
「もおっ! どこ行くの?!」
さあ?
「置いてかないでよ~!」
うん。そうだな。一緒に行ったほうがいいな。
がしっと、俺は追いついてきた黄色いワンピースの使い魔に抱きついた。
「きゃあ! ……なな、何? どうしたの、ご主人様?」
どうしたのって? こいつらに『俺を助ける』って思考はないからな。自ら助かりにいかねば!
「ああ! ずるい! あたしも!」
何がずるいんだか……とはいえ、あっという間に群がってくる使い魔たちのおかげで、俺の落下速度には急ブレーキがかかった。
こいつら、初めて役に立ったな。
◇ ◇ ◇ ◇
膝丈ほどの細長い草が、見渡す限り敷き詰められた平原へと無事降り立った俺と使い魔たち。
お供の使い魔は、大幅減の5。
俺は、落ちてきた空の彼方を見上げた。雲ひとつない晴天だ。
入り口塞がって、ほとんどは残留か……。
「さて、この矢印は、やっぱ誘ってる?」
俺の3歩位先に、黄色く発光する三角矢印が浮いている。不自然な光景だ。試しに数歩矢印に向かって歩いてみた。すると、同じ間合いを保って移動する矢印。
「罠ってことはないよな? まあ、他に選択肢もないわけだし、勘繰ったところで時間の無駄か……よし、行くぞ! お前ら、遅れず付いてこいよ!」
「きゃああああああ!」
一歩踏み出した途端、大音量の悲鳴に背中を押され、ずっこけそうになる。
「返事は‘はい’だろ!」
お前ら、ふざけるのも大概にしろよ! ……と続けるべく振り返った俺。
「な……!!」
戦闘突入してる?!
緑色のブヨブヨしたスライムみたいなのが、地面から触手を無数に伸ばして、使い魔たちに絡みついていこうという場面が今まさに進行中! このブヨブヨ、草に擬態してたのか?!
「ニュルニュル気持ち悪! 消えちゃえ! えい!」
ボンッ! 爆発音が弾け、炎攻撃を繰り出す赤いワンピースの使い魔。
「いやいやいや! 締め付けキツイ! 馬鹿!」
青いワンピースの使い魔がかざした手の先で、触手群がピキピキピキッと瞬時に凍りつく。
あっちは電撃バリバリ。竜巻も発生した?! やや! 地割れが!
「何なんだ、この乱戦は!」
幸い、緑触手が俺を襲ってくる展開はない。
キャアキャア言うわりに、圧勝ムードな使い魔たちを助けに行く必要などない俺は、観察タイムに入った。う~ん……赤は炎で青は氷? 黄色は雷で、緑は風? 茶色は土かな? ワンピースの色って属性表してるっぽいな。安直な設定だけど、分かり易いのはいい。
「ご主人様! もう帰りましょうよ!」
敵を次々に撃破した使い魔たちが「帰る、帰る」と詰め寄ってきた。その背後では、戦闘不能になった緑のブヨブヨが、キラキラと光の粒を放ち消失していく……。
「何気に凄いものを見た。お前ら、魔法使えるんだな」
ごめん、やればできる子だったのか。
「魔法? 使い魔なら当然、皆できるよ。ご主人様、知らなかったの?」
「え、いや、まあ……はは……」
苦笑いで誤魔化す俺。
まだレベル低いしさ。正直、飛ぶくらいしか能がないと思ってたよ。
◇ ◇ ◇ ◇
ここは、憶測するに、使い魔鍛錬エリアか?
出発地点から100メートルと離れないうちに、けっこうモンスターが襲って来たぞ。こいつら楽勝で蹴散らしてるが、かなり鬱陶しい戦闘頻度だ。
「銀髪、確かレベル上げって言ったけど……」
戦闘後の経験値表示とかないし、どういう仕組みかさっぱりだ。
しかし、俺に危害が及ぶわけでもないし、こいつらも余裕だから平気でいられるが、使い魔無能、俺参加型だったらと思うとゾッとするな。
「ご主人様~、もう飽きたよ。帰ろ~」
不満顔の使い魔たち。
「そうだな。ちんたら歩くより、ダッシュで行くか」
俺も早いとこ戻って、銀髪からじっくり話を聞く必要がある。そもそも説明書読破してからゲーム開始する慎重派の俺としては、予備知識無しの0からフィールド探索なんて行為は、まったくもって落ち着かない。
そういうわけで、俺は全速力で走り出した。
実際、移動速度は使い魔たちの方が断然速い。でも、あいつらは強制バトルで足止めくらうから、俺は単独首位で平原を駆け抜けていくことになる。
「ま、待ってよ~!」
「も~! また出た! 邪魔しないで!」
こいつらの俺を追いかける原動力は、一体何なんだろう?
俺の何があいつらをあそこまで惹きつけてしまうんだ?
幼い頃から抱く疑問。答えを探すことを諦めた問いかけを、俺は思い出す。
……そうだ! これからは、謎を解く鍵は異世界にある! みたいな方向でいこう。つまり自分探し。こんな特異体質に生まれついた原因を見付けよう!
異世界でポジティブに生きていくうえで、動機付けは重要だからな。
借金返済だけが目標では、夢がない。
「お? あそこ何か赤いぞ」
矢印の指す前方に、赤く発光するサークルが見える。出口かな?
俺は走るペースをゆるめ、弾んだ息を整えた。
……迷わず飛び込んで、正解? 不正解?
「ご主人様! もお! やっと追いついたあ!」
ドスッ! ドドドドドッ!
油断した。なだれ込んでくる使い魔たち諸共、サークル内へ……と同時に、俺たちを包んで、光の柱が天へ伸びる。
そして、地面はグラグラ振動をはじめ、徐々に隆起し、耐え切れなくなったところから、亀裂が生じ……やばい! 下から何か出てくるぞ!
まともに立ってもいられないが、ここは這ってでも逃げ出さなければ、命が危ない!
結果、俺は先の学習通り、手近な使い魔に抱きつくことにした。
「きゃああ! ご、ご主人様?! こんな時に、どういうつもりですか?!」
ん? そうだな……救命ボートに乗り込む感じかな。
使い魔たちは、崩壊する大地を捨て、空へと飛び立つ。そして、俺が抱きついた茶色のワンピースの使い魔を見るや、一斉に抗議し始めた。
「ああ! ずるい! あたしも抱っこしてよ、ご主人様!」
は? どの角度で見たら、そんな解釈になるんだ?
「あたしも、あたしも!」
「そうよ、替わりなさいよ!」
「どうして、あなた達に指図されなくてはいけないの? ご主人様自ら、あたしを選んだというのに」
いや、別に俺は誰でもいいんだが。
……ていうか、お前ら、今がどういう状況か理解できてるか? 下! 下! 俺達の真下で起こっている緊急事態に対処するほうを優先しろよ!
見ろ! 土の塊を押しのけ、粉塵を舞い上げながらそびえ立つ巨大な影!
これは、対ボス戦の流れだろ!
「何妄想してるの? あんたなんか選ばれるわけないでしょ!」
「どさくさにまぎれて、抜け駆けしたわね!」
「独り占めはいけないんだぞ~」
「そうそう! さっさと交替してくださいよ!」
使い魔たちは、じわじわ包囲網を縮めてくる。
「いやだいやだ、嫉妬って見苦しいわね」
「何ですって!?」
むむ、殺気! こらこら、攻撃対象間違ってるぞ!
「ちょ、ちょっと待て! お前ら、内輪揉めしてる場合か!?」
げげ! ほら、岩飛んできた! 向こうはやる気満々だぞ! 無視してちゃ失礼だろ!
「誰よ?! 危ないわね!」
岩を避け、八方へ飛び退く使い魔たち。普段のぐ~たら具合からは、想像できない俊敏さだ。
「いやいやいや! でっかい芋虫! 有り得ない!」
うん。でかいな。余裕でビル10階建超えの……白い芋虫。
女子の嫌悪する生物トップ3に入るだろう芋虫。使い魔も例外ではないようだ。全員、青ざめてる。普通女子なら即効逃げ出すだろうが、そこは使い魔、即効潰しにかかった。
まず、太陽光をきらりと照り返す凍えるの刃が、岩石を粉砕し、地上へ、そして巨大芋虫モンスターへ突き刺さり、動きを封じ。お次は火柱が幾重にも絡み合い、渦巻く暴風から酸素を供給され、天を焼き尽くさんばかりに燃え上がる。とどめは、大気を割って轟く雷。
「うわあ、お前ら容赦無さ過ぎ……若干引くわ俺」
正直、究極奥義の魔法にも思える威力だったが……これでも、レベル低いんだよな?
使い魔のスキルやステータスに関する知識を持たない俺は、戸惑いを胸に、無数の光の粒がキラキラ飛散していく様を見送った。