賢さアップは必須条件
「お前らな、遊んでないで芋収穫しろ」
三又になった鍬を担ぎ、上は白タンクトップ、下は通気性良好なチェック柄のステテコ、頭には手ぬぐい挟んだ麦わら帽子で日差し対策、足元は黒長靴……いつでも農家の婿として出荷できそうな俺と違って、こいつらときたら!
「え~っ ミミズとか出てきて~ 気持ち悪いから、嫌です~」
「ご主人様みたいなヘンテコな格好は、遠慮させてもらいますわ」
「お芋は放っといて、ね、ご主人様も、こっちで一緒にお菓子食べようよ!」
芋畑を囲む森の木蔭で、思い思いに寛いでいる元ゆるキャラもどきたちの、この身勝手な物言いはどうだろう?! 使い魔にクラスチェンジを果たし、意思疎通できるようになっても相変わらず、俺の周りでちょろちょろしているだけ……って、俺は単なる観賞対象にすぎないのか?!
異世界デビュー早々、誰のせいで大借金背負い込んだと思ってるんだ!
「やる気がないやつは、先帰ってろ!」
慣れない異世界ライフのせいで、このところイライラ気味の俺はつい声を荒げてしまった。しかし、そんな俺の怒声がこいつらに響くはずもなく、驚いて逃げ出したのは、落ちた菓子屑目当てに集まっていた小鳥くらいだった。
「ご主人様、疲れてるんだよ~ 休憩しよ~」
「そうそう、頑張り過ぎは体に毒です」
「こき使われて、ご主人様可哀相。あいつら鬼だね」
お前らが手伝いさえすれば、俺は楽になるんだが? しかし、こいつらには到底無理な要求なんだろうな。はあ……気が重い。あれ? 何か暗い? 俺の気分に合わせて日も翳ったか?!
「ダメダメ、カイちゃん。その子達は御用事できるレベルの使い魔じゃないし。逃げ出さないだけマシだって言ったでしょお。怒鳴ったところで、効果0だぞ」
急に影に覆われた原因は、大量の魚を網に捕らえた黒髪が俺の頭上に現れたせいだった。おそらく猫缶工場へ行く途中だろう。
ちなみに断っとくと、カイちゃんとは俺のこと。海斗だからカイちゃん。はじめは少し気恥ずかしかったが、だいぶ慣れてきた。こっちの世界では、職場内のちゃん付けは特別おかしなことではないらしい。むしろ当然。
「クウちゃん……。そりゃ、頭では分かってるんだけどさ」
俺の使い魔は全員レベル1~3辺りのど底辺。はっきり言って役に立たない。能力云々以前に、こっちの命令ことごとく無視だからなあ。そういえば、賢さ低いと言うこと聞かないっていう育成ゲームあったな。
「そんなに働いてもらいたいなら、もう手っ取り早く、結婚しちゃいなよ~。結婚ボーナスで全数値100アップだよ」
「け、結婚?! 誰と?!」
「この子達に決まってるでしょ。あ、やば、納品時間過ぎちゃうし! またね、カイちゃん」
瞬時に、空高く舞い上がる黒髪。
そして、入れ替わりに、54体が何故か一斉に駆け寄って来る?!
またこのパターンか!
「え? 何何? ご主人様結婚してくれるの?」
「え? 誰誰? って勿論あたしだよね?」
「え? 嘘嘘? もう結婚なの?」
うわ! こいつら、結婚に飛びつきすぎ!
群がってくるなああ! 芋畑が荒れるだろ!
「これは、いったいどういうことかしら?……仕事サボって使い魔と遊んでるなんて……命が惜しくないようね、カイちゃん」
へ? 畑で泥まみれで押し潰されている俺のどこが遊んでいると?
しかし、俺の喉元へ鋭利な刃の先端を差し向けてくる、冷ややかな殺気を放った銀髪には、早く弁解したほうがよさそうだった。
◆ ◆ ◆
さて、俺の現状を説明しよう。
お気付きの方も多いと思われるが、使い魔となった54体の買取をせざるおえなくなった俺は、多額の借金を背負い込んでいる。
負債総額、金貨千枚。
銀髪がかなり値切ってくれたおかげで、元値の3分の1にもなってはいるが、高額な買い物には違いない。
なにせ、俺の給料3年分だ。
頼る当てのない俺は、給料前借するくらいでしか金を工面できなかった。
情けないことに、就職早々雇い主に迷惑をかけてしまったというわけ。別解すれば、初恋相手に借金という痛恨の一撃。うう、心底情けない。
なんとしても早期返済目標だが、今のところは与えられた仕事……主に農作業に従事して1週間……ちょうど実りの季節を迎えた畑で、鉛筆を鍬に持ち替え、ひたすら収穫に追われる日々を送っている。
分かっている事といえば、大金はたいた使い魔たちが、頭数が多いばかりで、真面目に働く俺の足を引っ張るお荷物だということくらいだ。
つまり、まだまだ謎だらけの異世界ライフ……今後の展開は未知数だけど、さっき黒髪が結婚ボーナスとか口走ったせいで、なにやら進展の予感がする。延々農民やってるのもツライんで、俺はそんな期待を胸に、即効呼び出されて、銀髪から説教くらってる黒髪の様子を、山積み掘りたて芋の影から覗き見ていた。
◆ ◆ ◆
「カイちゃんの使い魔は特殊な事例で、まだ原因がはっきりしてないのよ。懐いてるからって、簡単に結婚させれるわけないでしょう。もう、常識で考えなさい!」
「……は~い」
「もういいわ。秘密の守れないクウちゃんに話したあたしが、悪いんだから」
諦めきった銀髪の溜息が漏れる。
黒髪は口が軽い。今後の為にもメモッとくか。
「ええ~! その言い方はあんまりだよ! お口にチャックくらいできるもん。ミカヤ様が王様になれなかったら、女の子になっちゃうことだって言ってないよ。ね、カイちゃん!」
「え? う、うん。初耳」
「ほらね、秘密にする約束守ってるでしょ!」
「……そうね。でも、たった今破ったわね、クウちゃん」
「ん?」
まだ、自分の犯した失態に気付いていない黒髪。
もはや、説教ではすまなそうな銀髪の無表情が怖い。
そして、俺は‘ミカヤ様が王様になれなかったら女の子に……’のフレーズをすでに数万再生の勢いで脳内リピートさせていた。