見渡す限り基準値超え
「なんですって?! 金貨3千枚?! は?! 買うわけないでしょ! 使い魔54体も養えないわよ!」
赤いスマートフォンに向かって声を荒げる銀髪の少女。彼女の名はルウデリア。
「ルウちゃん、落ち着いてよ。きっと何かの手違いだよ」
傍らでオロオロ宥める黒髪の少女。彼女の名はクウデリア。
あ、ちなみに俺の名は山条海斗。
「クウちゃん、黙って! 手違いだとしても、押し売りされたらどうするの! ここは、はっきり拒否しとかないとダメなの! 分かったら返品の準備、急いで!」
「……は~い」
俺の、いや、俺達の方へ黒髪が振り返った。
「何やだ、返品ですって?!」
「ええ~! 返品、断固反対!」
「もう、離れ離れはイヤ~」
俺を中心にして口々に抗議を始めたのは、54体の元ゆるキャラもどき、現在、美女軍団の面々。両手に花どころか、全身が花風呂に浸かっている状態だ。男なら誰しも夢見るハーレムそのもの!
だがしかし、俺のテンションは急降下したまま沈みっぱなし……。
何故かって?
ついさっき、遅い初恋を迎えたと思ったら、即終了のお知らせが届いたからさ。
え? 話が飛びすぎ?
いやはや……実は俺も、絶賛混乱中。
ちょっと落ち着いて、はじめから整理してみよう……。
◆ ◆ ◆
巨大化した伸縮自在らしい網に呑み込まれた俺は、ゆるキャラもどき54体とギュウギュウ詰めにされて、上へ上へと持ち上げられていく。
さしずめ、網にかかったイワシの大群といったところか?
「あ、すまんすまん。俺、潰してるな。ちょ、待て。俺が下行くから」
網の下側にいるやつらが、もがいている。やつら的に苦しいっていうわけではない。むしろ、楽しげ。俺の方が股下でもそもそ動かれては、落ち着かない。
「ほら、スペース確保してやるから、上行け」
どの辺りを飛行中なのか確かめる為にも、俺は視界を遮るこいつらを掻き分けて、最下層を目指した。
「しっかし、入学早々サボりとは……うまい言い訳考えない、と……ん?!」
黒い網目の間から、信じられない光景が覘く。
学校周辺でないことは容易に理解できる。いや、それどころか、ここが日本ですらないことを、俺は認めざる負えない。
どこまでも地表を覆い尽くす樹海を眼下に捉え、俺の記憶の中で一致した単語はひとつ。
「……アマゾン…? 南米? 日本の真裏?!」
なんと、飛行能力に加え、瞬間移動まで可能とは……!
敵は幼い見た目からは想像できない、高スペック拉致犯らしい。
「困ったな。今日中に帰れないかもしれん……」
ここで叫んで抗議すべきだろうか? しかし、文句言って帰してくれるくらいなら、はなから問答無用で捕まえたりはしないわけで……。
う~ん……眉間にシワを寄せ、いくら唸ってみても、現状打開の秘策は降りてこないまま、俺の空の旅は終わりを告げる。
樹海から天へと伸びた高い塔の頂へ、どさりと手荒に落とされた。
◆ ◆ ◆
「何だこりゃ?! おい、クウデリア、網ん中、変なの混じってるぞ!」
人型サイズの恐竜が、服着て人語を操っている……。
リアルな着ぐるみだと信じたいが、見れば見るほど天然物。
「うん、知ってるよ。それは持って帰るから~」
聞き覚えのある声と一緒に、ふわりと降って来た黒髪の少女。片手に握っていた網の柄を用済みとばかりに、放り出す。担い手を失ったことで、網は重力に従いパサリと落ちた。
障害物もなくなり、これ幸いに伸びてくる緑色のごっつい腕!
「ひょろっこい人間なんか、使い道あるまい?」
この歳になって高い高いされるとは……しかも恐竜。人生、何が起こるか分からない。
こいつ、自慢のでっかい犬歯で、俺の頭を噛み砕いたりしないだろうな?!
「もう! 勝手に触らないでくれます?」
俺は、突然何かに包まれたと同時に、体ごと引っ張り上げられた。どうやら、網にかかったらしい。恐竜の頭上高く、銀色の長い髪の少女の肩に担がれて、ぶらんぶらん揺れていた。
「それでは、送金はいつものところへお願いしますね。クウちゃん、帰るわよ」
「は~い」
黒髪が同じ高さまでやって来る。そして、恐竜に手を振り、そのまま二人してこの場を去って行こうとした。
あれ? おかしい。あいつらどうしたんだ?
いつもならお供について来る筈なのに……全員、塔の上で短い手足をパタパタさせて、俺をお見送りしてるじゃないか!
……いや違う。単にあいつら、飛べないんじゃね?
ちぎれんばかりの腕振りが必死すぎる。
「ねえ、ルウちゃん。お城まで競争しよ!」
「いいわよ。負けた方が‘家事当番3日’ね。よ~いっ」
「「ドンッ!」」 「おい、こら! あいつら置き去りかよ?!」
二人のスタートダッシュに重なって、俺の最初の発言は、事実上なかった事に……。
そして、体感速度、音速超えで運搬される俺。
擦れ違う景色が、形も色も成さずに飛び去っていく……。
数分後。
全身に打ちつける風圧が止んだと思ったら、急に網の底が開いて、俺は解放された。
酷い気分だ。
そのせいで、到着した城の様子を確かめる気にもなれず、俺は体の欲するまま、ぐったりへたり込んで回復に専念した。
唯一分かっているのは、崩れそうになる体を支えている両手が、板間の冷やりとした感触を掴んでいることだった。
「うげぇ……まじ、気持ち悪い」
酸っぱい吐き気に襲われる。これは、完璧、乗り物酔いだな。
「残念! また負けちゃったかあ! ……ねえルウちゃん、人間一緒なんだから、ちょっとは移動速度考えなよ。それ、瀕死ってるし……」
ガタンッと衝突音がしたので、反射的に見上げた。そこには、木製の格子に仁王立ちする黒髪。
「手加減くらいしてるわよ。だから生きてるんでしょ。そもそも勝負持ちかけたの、クウちゃんじゃないの。ハンデありで負けたんだから、文句言ってないで、さっさと夕飯の支度に行きなさい」
「……は~い。あ~あ、今回はいけると思ったのになあ」
こんな捨て台詞を残して、黒髪は再び空へと飛び去った。
快適輸送を棚上げされ、俺がこんな有様になった原因は、黒髪の浅はかな戦略によるものと判明。
抹殺リストに入れちゃってもいいかな?
「もしもし、ルウデリアです。無事、帰還いたしました。……はい、先の報告どおり人間をひとり連れて天守閣におります。ミカヤ様はいずれにおいででしょうか?」
ん? もしもし? ……って、おい、スマホかよ?!
子供がスマホ使ってるの見ると、悲しいかな、心が冷える。はあ……。ガラケーすら所有したことのない俺を、そっとしといてくれ。
「遠乗りに? ……え? 見えた? ……まあ!? ミカヤ様、もうお戻りですの?! 大変! こら、人間、しゃんと立ちなさい!」
銀髪の取り乱した声音が俺を叱咤する。
誰のせいでダメージ受けたと思ってるんだ!
心の中で毒づきつつも、60キロオーバーの俺を、楽々持ち運びできる怪力少女に逆らう気は、毛頭ない。
まあ、気持ち悪さのピークは過ぎたし、立つくらい平気だ。
しかし、起き上がりかけた俺へ、狙ったかのようにまさかの突風が!
煽られてヨロヨロ後ずさる。おぼつかない足が絡まってバランスを崩したが、運よく真後ろの壁が押し返してくれた。
「!?……」
いまだ吹き荒れる風の出所を探し出した俺の両目は、瞬きを忘れ見開かれる。なぜなら、白い大きな翼の生えた馬が、上空を優雅に舞っていたからだ。
……天馬。別名をペガサス。伝説上の生き物として超有名。
その背にまたがる人物こそが……俺の命運を握るであろう‘ミカヤ様’だろう。
白牡丹が見事に咲いた朱色の衣をローブのように身に纏い、肩に届く程の艶やかな藤色の髪を風に泳がせているのが、遠目に見て取れる。
「おかえり、ルウデリア」
そうして、程なく天馬から舞い降りてきたのは、天女さながらの美貌の持ち主だった。
◆ ◆ ◆
「そなた、我が盾となり、剣となり、終生その身を捧げることを誓うか?」
初対面の一発目にこう切り出されたら、ぽか~ん……だよな。もしくは、流行の中二病?! 黒歴史へのお誘い?! とかなる筈。
なのに俺ときたら……血判ついて「はい、誓います」って、全力で乗っかってしまった。
しかも、終生ときた。
ははっ……俺、この見知らぬ土地で、骨を埋める覚悟までしちゃったよ。
何故かって?
恋に決まってるだろ。
正常な判断力喪失なんて、八割がた色恋沙汰とみて間違いない。
どっぷりと恋の底なし沼に落ちてしまった俺は、勢いで家来登録までしてしまったわけだ。いや、別に惚れた女のために人生捧げるのは有りだよ。そんな展開、ゲームとかでもよくあるし。
問題なのは……。
「お互い、ミカヤ王子を国王にするべく、尽力いたしましょうね」
銀髪の言葉に、凍りついた俺。
ミカヤ、王子?
……お、王子?! 王子とは?……即ち…………男?! なんと! 男の娘だったのか!?
破壊力無限大! 衝撃の真実!
俺の初恋は、木っ端微塵に砕け散った……!
◆ ◆ ◆
一目惚れから失恋へ急降下のうえ、下落幅特大の直撃を受けたせいか……心ここにあらずに陥った俺は、どうやって辿り着いたのか、気付けば、緑深い森のログハウスに似た建物の前にいた。
ショック状態だと、人間、自動操縦に切り替わるんだなあ……。感心、感心。
少しづつ思考が戻ってくるも、魂抜けたように棒読み。
「ル、ルウちゃん! 緊急事態、緊急事態!」
隣に立つ銀髪が、玄関の取っ手に手を伸ばしたところだった。
玄関脇すぐに設置されたテラスへ、慌てふためいた黒髪が転がり込んで来た。
「クウちゃん?!……さては、またお鍋焦がしたのね!」
「え?! ち、違うよ! 怒られるのに、わざわざそんなの報告しにこないよ」
「それもそうね。だったら、どうしたっていうの?」
「そうだ、ゆっくりしてらんないよ! 使い魔が押し寄せてきたんだよ、ルウちゃん!」
黒髪が沈みはじめた太陽の方角を指差す。
あれ? もう日暮れ? ああ、時差のせいで日本とは時間ずれてんのか。
夕焼け空に、人影が転々と広がっている……。その数、数十個。あの全てが使い魔?
「食材集めに行ってたら、あの一団がお城に向かってるんだもん! びっくりして、飛んで帰ってきたんだよ!」
「なんだって、あんなに?!」
「知らないよ~。ルウちゃん聞いてきてよ~」
「もう! クウちゃん、みっともないから、おどおどしないの!」
「……は、は~い」
こちらの態勢が整うのを待たずして、色とりどりのワンピースに身を包んだ使い魔たちの姿は、どんどん近づいてくる。そして……。
「ご主人様!」
彼らの第一声が届いた。
何と彼らの標的は、俺! 俺目掛けて、突っ込んでくる。
逃げる間もなく、超人気アイドル並みに女の子たちから、もみくしゃにされる俺。その様子を、ただ呆然と見守る、蚊帳の外の少女が二人……。
そうして……今に至る。
◆ ◆ ◆
「ルウちゃ~ん、あたし一人じゃ無理~! 使い魔54体も返送できっこないよ~! ツクモンレベルとはわけが違うって!」
黒髪が早くも根をあげているらしかった。
「もう! 送還陣もろくに描けないの?! 待ってて、後で私がやるから! ……え? 勝手に返すな? もう商品価値がないから?! そういわれても、うちだって困るんです!」
銀髪はまだ交渉中らしい。相手はさっきの恐竜。
漏れ聞こえる断片的な話の流れから察するに……彼らがツクモンと呼ぶ、俺のゆるキャラもどきを恐竜に売ると、恐竜が使い魔に改造して転売する……っていう商売らしい。
しかし、どういうわけか、使い魔になった途端、こいつら一斉に俺のとこへ脱走してしまった。
まあ、いつもどおりの行動といってしまえば、それまでなんだが……。どうも、現状は一筋縄ではいかない様子だな。
「元気ないね、ご主人様」
心配そうに覗き込む、美女、美女、美女……。
うっ……元とのギャップが数万桁違いで、スムーズに脳内変換ができない。
無事、再会できたことは嬉しいが、どう対処したものか悩む。
大失恋の痛手をハーレムで癒しなさいっていう、神の思し召しだ!っていう気分にもなれないし……。
「もう、元の世界に帰れないから、無理もないね」
ん?
「そっかあ、ご主人様可哀想」
「でも、大丈夫、こっちの世界ではあたし達がいるもん!」
んん?
「あ、あのさ。元の世界って? え、帰れない?」
ここって、アマゾンなんじゃ……?
「あれ? ご主人様、聞いてないの?」
「ここは、あたしたちの故郷、ヴェリリウス」
「ご主人様といた世界とは別の、異世界なんですよ」
な、何だって?!
片道切符で異世界トリップだと?!
そういう大事なことは、事前に確認してくれよ……!
ダメだ……ますます混乱してきた。