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第一章 炎の雪解け(2)


 ■  ■


雪見酒雪音が超能力を使って犯罪を行う、もしくは犯罪ではなくてもなんらかの悪事を行うような人間を探しているのは理由がある。理由と言ってもそれはとても単純な、行ってしまえば子ども独特の、ありがちでありきたりな小さな、そしてあまりにも純粋な『正義感』のようなものだ。子どもは悪に対してとても強い『正義感』を持っているものだ。大なり小なり、それは誰だって、一度は経験することだろう。ただ単に、雪見酒雪音は、その『正義感』が他と比べて人一倍強かったというだけの話だ。それは、彼女が他の人間とは違った特別な力を持っていることも関係しているかもしれないけれど、とにかく彼女、雪見酒雪音という少女は自分と同じような特別な力を持った人間が、何らかの悪事を働くことがどうしようもなく、許せなかったのだろう。それは、ぼくには理解し難く、また度し難い考え、思考ではあるのだけれども。ただだとしたら、疑問に思うのは、雪音は超能力者が無害な人間、一般の、普通の人たちを殺害することは絶対に許さないのに、ぼくが雪音と一緒に居ようとする為に、ぼくがぼく自身でぼくの家族を『皆殺し』にすることには、何の口出しもしてこなかったという事だ。つまりは雪見酒雪音、彼女の『正義感』は、とても限定的な状況下、状況人に対してのみ向けられるものであるという事になる。それは言い換えたら、『歪んだ』『正義感』と言えなくもないだろうけれど、しかし子どもの持つ『正義感』なんていうのは所詮はそんなものなのだろう。第一、『正義感』どころか『罪悪感』すら持たないぼくからしたら、その『歪んだ』『正義感』でも、あるだけましなような気さえする。そんな彼女にしたって、その『歪んだ』『正義感』の裏には、彼女の両親である、雪見酒雪菜ゆきみざけせつな雪見酒雪除ゆきみざけせつじょという人物の存在があるのだけれども、それは今此処で語るべきことではないだろう。

「──やっぱりだ」

 雪音が汗をかいたからという理由でシャワーを浴びている間、ぼくはノートパソコンの画面をひたすら眺め続けていた。

表示されているのは出雲興業の代表取締役、出雲康孝が起こした横領事件についてのニュース記事だ。今のインターネットが普及した時代においては調べものというのは大抵パソコン一つ、携帯一つで片付いてしまう。ぼくもその例に漏れることなく、こうして文明の利器を活用して情報収集しているというわけだ。取りあえずは、横領事件にかかわった人物六人の名前を起動させておいたテキストエディタに打ち込んでいく。出雲康孝、沖宮真奈美、松浦苦義まつうらくるぎ衣該継目きぬがいつぎめ中町反道なかまちそりみち数住文理すずみぶんり。更に先週の山小屋での火事の犠牲者、今日の火事の犠牲者の名前とリストを照らしあい、更に更に、一箇月前に此処の近くで行方不明になった人物の名前も探し出す。結果的に、予想通りと言えば予想通り、期待通りと言えば期待通りの結果を得ることが出来た。出雲興業の横領事件にかかわった六人のうち、出雲康孝と沖宮真奈美の二人は逮捕、拘留。松浦苦義は山小屋の火事で死亡。今日起こった火事で死亡したのが中町反道。ここ最近で捜索届を出されている中には衣該継目の名前もあった。これだけの証拠がそろえば、最早動機などわかりきっている。すなわち、出雲康成は出雲康孝の起こした横領事件にかかわっている人物全員を『消す』つもりなのだろう。ということは、残っているのは一人。数住文理。恐らく、最後の犠牲者は彼女になるのだろう。ここまで分かってしまえば話は早い。ぼく達は数住文理の周りを監視していればいいというわけだ。なるほど、とても単純で、簡単な対処法だ。ただ、疑問も残る。こんなにもあからさまに、簡単に、単純に、答えにたどり着けていいのだろうか? まるで、下手なドラマを見ているようだ。あまりにも出来すぎている。物語には確かにご都合主義という者が存在するが、しかしここは現実なのだ。現実というのは、ご都合よりも不都合の方が占めている割合は高い。何か、違和感があった。そう、最初から、出雲康成のカードを雪音が拾った時から、何らかの違和感は存在していた。それは疑念とも呼べる何か。ただ、それが明確には分からない。

無言のままに思考を続けていると、不意にシャワーの音が耳についた。外部の音が聞こえるようになったという事は、つまりぼくの集中力が途切れたことを意味している。ぼくは一度、そこで思考を止めると、流し台へと歩いて行った。雪音に渡されたぼく用のコップにインスタントコーヒーの粉を入れる。コンロにヤカンを置いて火をつけ、お湯が沸騰するのを待つ間、ぼくは流しの蛇口の下へと頭を持って行った。流れ出る水道水が、ぼくの頭を冷やしてくれる。それだけで疲れは幾分ましになった。熱したものは、冷やさねばなるまい。

蛇口の下から頭を引き抜くと、水が地面へと滴り落ちる。ぼくは着ていたシャツを脱いでそれで頭を服と、更にそのシャツで床に滴り落ちた水もきれいにふき取った。そうしなければ、風呂上がりの(シャワー上がり?)の雪音に怒られてしまうからだ。

頭を冷やし、インスタントコーヒーを飲みながら思考力を回復していると、雪音がパジャマ姿でぼくの目の前に現れた。正確には単に雪音がぼくの目の前に歩いてくるまでその存在に気付くことが出来なかっただけなのだが、それはつまり、ぼくの集中力は落ちてしまっていると考えてしまってもいいのだろう。

「やあ、汗を流してすっきりしたかい?」

 声をかけると、雪音は「まあね」と静かに言ってぼくの座っている隣に腰かけた。ぼくが座っていたのは、雪音が気に入っている白色のソファだ。まるで透き通るかのような純白のソファに雪音が座ると、まるで雪音とソファが一体化してしまったように見えないこともない。

「コーヒー。こぼさないでね」

「こぼさないよ」

 短いやり取りの後に、雪音はソファに横たわった。頭はちゃっかりぼくのひざの上に置かれている。純白の髪は、まだ少し湿っていた。

ぼくはコップの中のコーヒーを飲み終えると、そのまま腕を伸ばして向かいのテーブルに空になったコップを置く。その後に右手をゆっくりと雪音の髪に伸ばして、そのまま手櫛で丁寧に梳いていく。

「何か分かったのかな?」

「ああ、とりあえずは出雲康成の目的は分かったと思うよ。まあ、簡単で単純でありきたりで下らない動機ではあるけれども、でも一応、多分、確証はないけれど、出雲康成の目的は分かった──はずだ」

「ふうん。回りくどいことはいいから、さっさと教えて」

 眠そうに眼をこすりながら、雪音は言った。まったく、見た目も相まってか、なぜかおとぎ話に出てくるような眠り姫を連想させる。それは、矢張りぼくが雪音に惚れているから、脳内で補正がかかって美化されているのだろうか?

「ねえ、悠久。早く教えてって」

 苛立ちをあらわにしながら急かされて、ぼくはようやく雪音に先ほどぼくが調べ上げたことを簡潔に纏めて伝えてあげる。雪音は「ふうん」と唸った後に目を閉じた。

「でも、何かうまくいきすぎている感は否めないんだよな」

 漠然と思い浮かべていたことを、ついつい口に出してしまう。雪音は興味なさそうに「何が?」と相槌を打ってきた。まったく、ノリが良いのか悪いのか……。いや、そもそもこれはノリが良いか悪いかの問題ではないかもしれないけれど。

「なんだか、上手くいきすぎてるような気がするんだよな。出雲康成のカードについてだってそうだし、こんなに簡単に、それこそぼくみたいな子どもでも単純に、インターネットで検索をかけるだけで答えにたどり着けてしまう、という事自体が、やっぱりどこか、都合の良すぎる話なんじゃないかと思うんだよ。だってそうじゃないか? この世の中は作り話じゃないんだ。作り話ってのは作者の考え一つでご都合的な展開も不都合的な展開も自由自在なのかもしれないけれども、この現実において言うならば、ご都合なんかめったに起こらないだろう? 普通はもっと難しいはずなんだ。答えなんて見つからなくなって、何らおかしくはないと思うんだよ」

 まくしたてるように言うと、雪音は「ばかばかしいね」と嘆息した。呆れているかのようだった。

「悠久って、頭が回るから物事を深く考えすぎちゃってるんだよ。別にそんな風に考えなくてもいいじゃない」

 頭が回るから深く考えすぎる、という言葉がぼくの中に引っかかった。なるほど、そういう考えもあるのかと、思わず納得させられた。敢えてここでぼくが「ぼくは頭が回るような人間じゃないよ」なんて言う風な反論をしないのは、少なくとも同学年のやつらと比べると、自分が良い意味でも悪い意味でも冷めていることを知っているからだ。ぼくは、どこか子どもとしての何かが欠けていて、だからこそひねくれている。子供でもなく大人でもない、中途半端で曖昧な人間ものに成り下がってしまっているのだろうという事は、ぼく自身が一番よく理解している。

「第一ね。この現実だって、結局私達からしたら物語みたいなものじゃん。ご都合的も不都合的も何もないよ。ただただ現実ってのは、成る様に成る。そういう風にできているだけだよ」

「成る様に成る、か。まるで運命論だな」

 まあ勿論、運命なんて非現実的なものを信じようとも思わないけれども、しかしぼくは事実、超能力という非現実極まりない、それこそファンタジーの定番とも呼べるべきものを目の当たりにしたのだから、仮にその存在を、運命という物の存在を証明されたりしたら、いとも簡単にそれを信じようと思うのだろうけれど。

「とりあえず、まずは数住文理と出雲康成を接触させないことだな。恐らく、残っているのは数住文理だけだ。出雲康成は必ず、数住文理を狙ってくる……。雪音?」

 ひざの上に頭を置いて横たわる雪音は、静かに、そして微かに、落ち着いた寝息を立てていた。ぼくはそれを見て溜息をつく。つまりぼくは一人で喋っていたという事か? 


■  ■


出雲工業はそこそこの規模を持つ会社で、そのビルの大きさも、周りの物とは一線を画しているような気がする。まあ子どもなぼくにはイマイチ会社についての知識という者は持ち合わせてはいないのだけれども、そんなぼくでもなんとなく、それくらいのことは分かった。ぼくは入口の自動ドアを抜けると受付のお姉さん(男の人もいたのだけれども、ぼくだって男なのだから矢張りどうせなら綺麗なお姉さんの方がいい)に数住文理の住所について尋ねてみた。勿論、受付のお姉さんは怪訝に眉をひそめて、従業員の個人情報は教えられませんなんて言ってくる。まあ、当たり前と言えば当たり前のことだし、ぶしつけな質問をしたぼくにも非はあるだろうから、別にそれについて文句を言うつもりは毛頭ない。なのでぼくはお姉さんに数住文理をここに呼び出してもらえるように頼んでみた。お姉さんは最初は渋っていたものの、しかしぼくがしつこいからか、社内用の内線を使って数住文理を呼び出してくれた。

待たされること、十分ほどだろうか? 時計を見ていたわけではないのであいまいではあるけれども、とにかく大体、感覚的にはそれくらいだったと思う。目の前に現れた数住文理は、堅苦しいスーツに身を包んだ、いわゆるできる女性、といったようなイメージをぼくに与えてくれた。彼女はぼくの姿を一瞥すると、「何のようかな?」と問いかけてくる。その声には厳しさのようなものを感じられた。

「数学教師」 

「どういうこと?」

 ……ぼくの小声にまで反応してくるか。めんどくさいな。何というか、生真面目そうだというか、少なくとも、横領なんかにかかわるような人間には思えなかった。

「いえ、何でもありません。ただ貴女が教師だとしたら、多分数学教師だろうなと思っただけですよ」

「ふざけるために呼んだのかな? だとしたら私は仕事に戻るけども」

 別に、顔を見れた時点でぼくの目的は達成されたようなものだ。このまま戻ってもらってもかまわないのだけれども……。さて、どうしようか?

「出雲康成という男を知っていますか?」

「康成さんのことかしら。だとしたら、彼は私の上司だけれども」

「ええ、多分その人です。実はその人の名前の書かれたカードを拾いましてね。届けに来たんですよ」

「へえ……それは、ありがたいけれども。なんで私を呼び出したの? 本人を直接呼べばよかったのに」

「それは──そうですね。ただぼくは男の人と話すよりもきれいな女の人と話したいと思っただけですよ」

 適当にあしらいつつも、ぼくは内心「どうして私の名前を知っていたの?」なんて質問が来たらどうしようかと怯えていた。流石に、横領事件のことを指摘されるのは嫌だろうし。

「わかりました。じゃあカードを渡してくれないかな? 私から直接彼に渡しておくから」

「あ、はい。これです」

 言われてカードを手渡すと、それを受け取った数住文理は、その場でくるりと踵を返した。どうやら、もうぼくと話をするつもりもないらしい。ぼくも別に彼女と話すこともないので、それは好都合と言えば実に好都合なのだろう。「ありがとうね」と礼を述べて、片手をあげてひらひらと振る。まさかそんなことを現実でやる人がいるなんて思っていなかったので、一瞬呆気にとられてしまった。

しかし、うむ。

利発そうな女性ひとだったなと、嘆息する。どうも、ああいう雰囲気を持つ女性と話すというのは、精神的によろしくない。まあだがしかし、ここは一度雪音のところに戻って、夕方になったらもう一度ここにこよう。


■  ■


雪音の家に戻って、ソファの上で横たわり、寝息を立てている雪見酒雪音という真っ白でいてそれでいて超能力者な少女の寝顔にそっとキスとする。するとまるでおとぎ話の中にいる眠り姫もさながらな速度で目を覚まし、ぼくに向かってあろうことか右ストレートを繰り出してきた。それは寝起きの少女が、寝転がった状態から放つにしては中々に力の入ったものであったが、ぼくは男の子で雪音は女の子だ。女の子な雪音の華奢な腕で放たれた拳は、ぼくの鼻っ面に直撃するが、決して我慢できないほどの痛みではない。ぼくは涙を浮かべながら雪音に向かって片手であいさつをする。雪音は顔を真っ赤に(これは比喩などではなく文字通りの意味だ。もともと色素の薄い彼女のがみるみる赤くなっていく様は少女漫画の主人公みたいだ。すごくかわいい)なっていく。

「な、な、な、な……!!」

 言葉を詰まらせて、口をパクパクとしている彼女に、努めて冷静にぼくは言う。

「うん。ついさっき『出雲興業』に出向いて数住文理と直接会ってきたんだけどね、中々に利発そうな、というよりも出来る女性という感じだったよ。スーツも似合っていたし、何より凄く綺麗だった」

「──ふうん」

「おい、どうしてそんな冷めた目でぼくを見るんだ?」

「いや、何でもないよ。ただ悠久は人に勝手にキスしておいてその人の前で他の女を褒めるような、そんな人間だったんだなって」

「おいおい、雪音はぼくより年上だからといつも威張っていたじゃないか。こういう時こそ年上の余裕ってものを見せてくれよ」

「たった一箇月で年上も何もないと思うんだけど……」

「たった一箇月で威張っていた雪音のセリフじゃないね」

 まったく、まるで嫉妬をしているようじゃないか。──嫉妬? まさか、そんなことがあるわけないだろう。そんな都合よく、ぼくと雪音が両想いなどという事があるわけがない。でも、実際ラブコメ漫画なんかではこういう時に主人公は鈍感だから気づかないけれど、しかしヒロインは主人公に好意を寄せているという設定が浮き彫りになりはずだ。いや、現実を漫画とごっちゃにするのはまずいけれども、しかし実際、あるんじゃないかという疑念は拭い切れない。つまり、矢張り雪音は、ぼくに何らかの行為を抱いていると考えても問題はないだろう。だがしかしここで、だからぼくが雪音に告白するかというと、それは無い。絶対にない。ぼくの告白はもっと印象深いものでなくてはいけないはずだ。確かにぼくは『結果』さえよければ『過程』などどうでもいいという考えを持っているが、しかしこれとそれとは話は別だ。いや、この話に当てはめて言うならば、つまりぼくは、『雪見酒雪音の印象に強く残る告白』という『結果』を求めているのだ。そうすれば、ぼくの考えと矛盾が生じることはなくなる。

「何を考えているのかは知らないけれどさ」

「うん?」

「とりあえず、これからどうするのかを教えてほしいんだけど」

 どこか怒りをはらんだ様子で、雪音はぼくに言った。そうか、そうだった。数住文理のことをぼくは頭からすっかり消し去ってしまっていた。

「了解だ。じゃあ、今後どうするか、ぼくの案を聞いてくれ。その後に雪音は不満点なんかを指摘してくれたらかまわない」

「おーけー。分かった。それで、どうするの?」

「何、簡単なことだよ」

 そう、簡単なことだ。僕たちのような子どもでさえも、手間を考えなければできることだ。

「まずは、出雲興業のビル前で数住文理が出てくるのを待つんだ。その後でこっそり後ろから数住文理の後をつける。数住文理の家さえ特定できたら、後はそこで出雲康成が現れるのを待つだけだ。そしたら出雲康成が現れた時にそこで奇襲をかますこともできる。最悪、数住文理が殺されても、出雲康成を捕まえることが出来ればそれでオーケーだろ?」

 そう、少なくとも目的は数住文理を守ることではなくて出雲康成を捕まえることだ。いや、雪音はもしかしたら出雲康成を殺したがるかもしれないけれど、そこは別に雪音の好きにさせてやって良いだろう。もともとぼくは雪音のような『正義感』を持ち合わせてはいないし、『罪悪感』も持ち合わせてはいないから、人を殺すという事に何のためらいもない。第一ぼくが雪音と一緒に出雲康成も追うのは、というか、超能力を使って犯罪を犯す、悪事を働く人間を捕まえようとしているのも、単純に雪音の手伝いをしたいからだけなのだ。『正義感』も『罪悪感』も持ち合わせてはいないぼくが『恋心』を持っていること自体に疑問を抱いたこともあるのだけれども、まあしかしそれはそれ、別に説明のつくものでもなければ、説明をつけなければいけないものでもないだろうと割り切っている。

ただ単に、雪音の力になりたい、好きな人の力になりたいというのは、ある意味『正義感』よりもある種ありがちで、それでいてとても分かりやすいのではないかとも思う。

「ちょ、ちょっと待って悠久」

「ん? なんだよ、やっぱりどこか不備があったか?」

 実際、口で言うには簡単だが、しかし実際に行動として起こすには中々に現実離れしすぎている感も否めない。

「もしかして、毎日数住文理の家に張り付くつもりなの? だって、いつ相手が現れるかもわからないし、それに出雲康成が犯人で数住文理が狙われているっていうのも、まだ確定してないんでしょ」

「それはそうだけど……」

 むぅ。駄目なのだろうか。確かに、非合理的ではあるかもしれないけれども。

「でも、出雲康成が犯人じゃないとしたら、いったい誰が犯人なんだ?」

「それは、分からないけど……。でも、第一現場に出雲康成のカードが落ちていたこと自体がそもそも引っかかると思うんだよ」

「引っかかるって言っても、だから偶々じゃないのか? 普通に油断してたとか」

「うん。それもあるとは思うよ。でも……」

「煮え切らないな、気に入らないことがあるなら言ってくれ」

「ん……。うん、やっぱり、出来すぎてる気がするんだよ」

 出来すぎてる、というのはぼくも引っかかっていた問題だ。敢えてそこは気にしないようにしていたけれども、しかし矢張り、雪音も気になっていたのか。

「そうだよ、たとえば、犯人がわざと出雲康成のカードを現場にとしたとしたらどうかな」

「わざ、と?」

 それは、つまり、真犯人が自分の存在を隠すために出雲康成を囮にしようとしているということか? なるほど、確かにそれならば、現場にカードが落ちていたことにも説明がつく。だが、しかし説明がつかないこともある。それは、メリットだ。本来証拠も何も残していなかった犯人が、わざわざ偽の犯人を偽造するメリットが、分からない。単純に、出雲康成を貶めたいだけなのか?

「いや、違うな」

「ん? どうしたのかな悠久。私、何か間違ってたかな……?」

「いや、そうじゃないよ。むしろ、これで辻褄は合うかもしれない。いや、確かに無理なところはあるかもしれないけれども、それでも──」

「ど、どうしたの悠久?」

 ぼくの顔を心配そうに覗き込む雪音に向かって、ぼくは親指を立てて見せた。

「そうだ、流石だよ雪音。雪音のおかげで真相が見えてきた」

 きょとん、と意味が分からないとでも言うように呆けている雪音の髪の毛を軽くなでる。さらさらとした手触りが心地良い。

「な、なんなのかな? もしかして、犯人が分かったの?」

「ああ、雪音がヒントをくれたおかげだ」

「……?」

「つまりは、そう、真犯人は出雲康成を犯人に仕立て上げるために、わざと出雲康成のカードを現場に落とした、そして、出雲康成のカードを得られる人間というのは限られてくるはずだ。そして、なんでこのタイミング、今回の火災のタイミングでカードを配置したのかも……。真犯人は多分、ヒントを出し終えた後で出雲康成のカードを配置することで、出雲康成のカードが落ちていたことが偶然ではないと思えるような状況を仕立て上げたんだ。そう、数住文理は、自分以外の横領事件の関係者を殺してから、最後の事件の現場で出雲康成のカードを配置して、罪を出雲康成に着せようとしたんだ。もしも警察が出雲康成のカードを拾ったら、ぼくみたいに横領事件の関係者と被害者を照らし合わせて、出雲康成が犯人である可能性を見出すだろうからね。そうすれば、横領事件の関係者が皆同じように死んだ中で──まあ衣該継目は行方不明だけれども、ここでは死亡と扱おう。多分、ぼく達が出会った場所でのあの焼死体こそが、衣該継目だったと仮定しよう。──数住文理だけ生きていたとしても、別に怪しまれるようなことはないだろうからね。だって、その時には既に、出雲康成という犯人の可能性が浮上しているんだから」

 まあ、それも多分失敗に終わってるんだろうけどな。だって、出雲康成のカードはぼく達が拾ってしまったんだから。つまり、警察は出雲康成のカードが現場に落ちていたことを知らないという事になるだろう。

「ちょ、ちょっと待って。じゃあ、出雲康成じゃなくて、犯人は数住文理だっていうの?」

 イマイチ理解が追い付かないといったような表情の雪音。まあ、こじつけの要素も多いし、無理やり感もあるから、理解しろとは言えないけれども。でもまあ、

「ああ、多分な。ぼくの予想では確率は八割だ」

 言い切ってやる。それに、雪音はこくりとうなずいた。

「分かったよ。うん、本当はイマイチ分かってはいないけれど、私は悠久を信じるよ」


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