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第一章 炎の雪解け(1)

 何時だって現在だって、何処だって此処だって、ぼくがいようがいるまいが、それがたとえ偶発的であろうと必発的(勿論そんな言葉は存在しない。造語だ。)であろうとも、自発的であろうと他発的であろうとも、不可思議で不可解な自然現象では説明のつかないような超自然現象とも呼ぶべき現象は起こりうる。それを認識し、理解し、許容することが出来たこと自体、ぼく自身には何らかの、特別な──少なくとも普通とは少し外れた何かがあるのではないかと思うけれどもしかし普通でないことなんて何の自慢にもならないし、それを誇れるほどにぼくの精神年齢は幼くはない。確かにぼく自身子どもというべき年齢であるのだから、少しばかりませたところがあるとしたところで、それでぼくが大人顔負けと言えるほどに人間として出来上がっているというわけではないのかもしれないけれども。

それは寝苦しい夏の夜の事だった。

ぼくの家には各部屋にエアコンなんてついておらず、扇風機を枕元まで引っ張ってきて、その風に吹かれながら布団の中でうごめいていたぼくは、案の定暑さのあまりに眠りにつくことが出来ず、だらだらと不快な汗を垂れ流しながら何度も何度も寝返りを繰り返していた。ごろん、ごろん。右腕を下にして、左腕を下にして、しまいには仰向けになったりうつ伏せになったりしながら、とにかくどのようた体勢ならば眠りにつくことが出来るのかを延々と考えながら、ただただ眠気が訪れるのを待っていた。そんな折にたまたま、外で小さな爆発が起こって、その音に気付くことが出来たのも、矢張り偶然の産物なのだろう。事実、同じ家のほかの部屋で寝ていたぼくの家族は各々個々人まったくと言っていい程にその爆発には無関心で──どころか爆発のこと事態に気付いておらず、ずっと寝苦しい夜の中、それでも汗を流しながら意識を夢の中へと旅立たせていたそうである。しかし意識が現に残っていたぼくからしたら、その小さな爆発音のせいで、完全に意識は覚醒してしまっていて、結果的にぼくはちょっとした興味、はたまた知的好奇心に背中を押されて、ゆっくりと、足音を立てないように家の外に出ると、その小さな爆発が起こった地点へと走り始めていた。これがぼくと雪見酒雪音ゆきみざけゆきねとの出会いのきっかけにして、ぼくが普通から外れるきっかけにして、更には今からちょうど一箇月前の出来事であるのだが……。

兎角、何事においても普遍性かつ不変性な日常において、ぼくと雪見酒との出会いは刺激的なものであったし、とても幸福なものなのだろう。

ぼくは家を飛び出し、とりあえず爆発音が聞こえた方角へと足を向けた。自慢ではないか、ぼくは聴力には自信がある方だ。勿論人並みに、ではあるものの、しかし一度聞いた爆発音の起こった起点の方角は大体把握することが出来ていた。迷わずにその方角へと走ると、次第に視界に灰色がかった煙、ともすれば爆炎が移り始めた。その下には恐らく轟々ともうねりを上げて燃えたぎる爆炎があるのだろうとぼくは思っていたのだが、しかしながら現実はあまりにも不可思議な現象が巻き起こされていた。

爆発音の起点、爆発が起こったであろう地点に赴くと、そこには黒々とした焼け焦げた人間の欠片が落ちていた。それは異臭を放ち、気味の悪い存在感を放っていた。空気が濁っていた。ぼくは咄嗟に着ていたシャツをつかんで、鼻に布地を当てた。必然的に腹が露出することになるが、別にぼくは女ではないので、そのことに対して妙な恥じらいのようなものは持ち合わせていない。いや、今どきの女の子ならば少しばかし腹を露出するくらいはファッションの一部として認識していそうなものではあるけれども。いや、そんなことは今はどうでもいい。

その時のぼくは立ち込める煙を手掛かりにその焼け焦げた人間の残骸までたどり着いたわけだが、しかし見渡す限りのどこにも、炎らしい炎は見当たらなかった。どうも、煙の発生地点は落ちていた人間の残骸らしい。

確かにこの人間の残骸は、見た目からして、放たれる異臭からして、どう考えても燃えた後であるし、実際に煙も少なからず出てはいるのだけれども、それにしてはぼくの家からも見える程の大量の──具体的に言うならば家一軒が燃えていてもおかしくない程の──煙を、よもやこの残骸だけが放つわけがなかった。そういえば、煙の下に炎の影すら見えなかったのもおかしい。

ぼくの中で何かが違和感を感じていた。

ぼくの中にある『何か』が、異常を、異様を、ぼくに警告しているような──。

「「「「「「「あれ?」」」」」」

 耳に、幼い少女の声が届いた。しかしそれは一つではない。六つ。同じ声で、同じ抑揚で、同じ発音で、同じ時間に(つまりは同時に)、その声はぼくの耳に届き、鼓膜を揺るがした。

「「「「「何故かな何故かな?」」」」」

「「「「こんな時間に子供が来るなんて」」」」

「「「ねえねえ」」」

「「君は」」

「誰なのかな?」

 六重の声はやがて五重、四重、三重、二重、と少しずつその数を減らしていき、やがては一つ、一人になる。

声が、反響していたのだろうか? そんなことはないだろうとわかっていながらも、しかし現実的に考えるならば、それが一番妥当──少なくともぼくが思いつく中では一番まともな考えだった。しかし反響ならば声はくぐもって聞こえるし、あまつさえ、同じ時間に同じ声が同じように幾つも響くことはない。

だとすれば、何かの機械。録音された音声を同時再生しているとか? しかし、誰が、何の目的で?

 そんな詮無きことを考えている間にも、少女の声は響いてくる。

「ねえ。答えてよ」

 声は、一つ。

重なって聞こえるようなことはなかった。

それが──普通だ。

「君の名前は誰々君?」

 少女の問いかけは、まあ少し考えればわかることなのだろうけれども、ぼくに向けられていたようだ。いや、相手が少女なのかどうかさえも、ぼくにはわからなかったのだけれども、しかし声音だとかそういう特徴から考えるに、矢張り相手は少女なのだろう。多分。

「──ああ、そっか。そうだよね。名前を尋ねるときは自分からだよね」

 そんな風な呟きが聞こえたかと思った瞬間、目の前に小さく風が吹いた。それは風というよりはむしろ竜巻と言った方がいいのか。風は渦を巻いて旋回する。それは徐々にその強さをまして、ぼくは目にゴミが入らないように目を閉じた。やがて風が収まると同時に、目の前に一人の少女が姿を現した。

「初めましてだね。雪見酒雪音だよ」

 雪見酒と名乗る少女は全体的に白かった。肌の色も白いし、服も白い。白色でフリルの付いた服に、白色のスカート。白色のハイソックス。それがニーハイソックスでない所は、矢張り夏だからなのだろうか? 

雪見酒は腰まで届きそうな長髪(これまた白色だ)を手でいじくりながら、ぼくの顔をのぞきこむ。

「うーん。私も名乗ったんだからちゃんと自己紹介はしてほしいかな?」

 言われて、ぼくはようやく口を開く。口を開くといっても、そこから放たれた言葉は少女の問いに対する答えではなくて、誰もが当たり前に思う疑問。つまりは問いかけなのだけれども。

「ええっと……。人間?」

「………………………………」

 切り出し方が悪かったのか、それとも言い方が悪かったのか、雪見酒は唇を強く噤むと、目に涙を浮かべ始めた。まさか、爆発音が気になって四階で歩いた結果、少女を泣かすことになるなど予想の範囲外も甚だしく、ただただこの時のぼくは狼狽していたであろう。

 それからしばらくは雪見酒を宥めることに時間を費やして、ようやく雪見酒が機嫌を直してからぼくはやっと自分の名前をいう事が出来た。

「それで、堤竹悠久つつみだけゆうきゅう

「どうしてフルネームなんだよ……」

「じゃあ、悠久。君はどうしてここに来たわけ?」

「どうしてもこうしてもないよ。ぼくは爆発音を聞いて、立ち込める煙を頼りにここまで来たんだ。それなら君だって──

「雪見酒だよ」

──ああ、おっけー。雪見酒だってなんでここに来たんだ? というよりも、君に対しては質問が多すぎる。声が六重にもなってたことだとか、いきなり姿を現したことだとか」

 それと──、結局あの爆発音はなんだったのかだとか、あの膨大(というのは言いすぎか?)な量の煙はなんだったのか、だとか。勿論、それらすべてに雪見酒雪音という少女が関与しているとは思えないけれども。

「うん、実は私は超能力者なんだよ」

「へえ、なるほど超能力者か。いいじゃないか、夢があって」

「夢じゃないよ。現実リアルだよ。失礼だな、実は悠久は私より年下なんじゃないかと思うんだけど、いったい悠久は何歳なの?」

「ああ、はい。妄想はいいよ。妄想は。ついでに言うとぼくの年齢は十二歳。小学六年生だ。最高学年だ」

「なんだ、私も十二歳で小学六年生だよ? ついでに五月生まれ」

「…………」

 まさか、一月とは言えこんな妄想少女の方がぼくよりも長く生きているとは。何というか、形容しがたい敗北感に押しつぶされそうだ。

「それに、私が超能力者なのは、まごうことなき事実だよ。なんなら、試してみてもいいんだけど……」

「試すって、何をやろうってんだ?」

「何っていうか、まあ見ててよ」

 言って、雪見酒は放置されていた人間の残骸に近づいていく。そしてそれに右手をかざした。それをぼくは眺めている。

 えいっ、という掛け声とともに、その人間の残骸は粉末状になる。粉々に、まるでミキサーか何かで砕いたかのように。更に夜風に煽られて、それはどこかへ飛んで行ってしまった。まったくもって、意味が分からない。

「こんな感じかな?」

「こんな感じじゃないだろ!! それは超能力なんてレヴェルじゃない、魔法じゃないか!!」

 自慢げに語る雪見酒の胸ぐらをつかんで、ぼくは怒鳴り散らした。それに雪見酒は不満そうに頬を膨らませる。

「違うよ、超能力だよ。人間の能力を超えた能力で超能力なんだよ」

 いや、人間の能力を超える、というレヴェルの話ではない。人間には不可能なことをやってのけている。矢張りぼくには、これは魔法にしか見えなかった。

「じゃあ、さっきの爆発とか、そういうのも全部雪見酒がやったのか?」

 ぼくが思い立って問いかけてみると、途端に雪見酒の表情が険しくなった。

怒っている──。

それくらいは、ぼくにだって分かる。

いや、見れば誰だって分かるだろう。

雪見酒の白い肌に、少しばかり赤みがさして見える。

「ふざけないで」

 一言。

一言に、彼女の意志が込められていた。

「私は、人に危害を加えるために、能力ちからを使ったりは、しない」

 断言する。

区切り区切りに言葉を放つ雪見酒の顔からは、嫌悪感のような物が見て取れた。

「私は、私の親とは違う」


 ■  ■


雪見酒雪音と出会ったのがおよそ一箇月前。夏休みの中途であった。結局ぼくはあれから雪見酒の友人という立ち位置をとっている。と言ってもそれはぼくが勝手に雪見酒の友人と自称しているだけで、雪見酒がどう思っているのかなんて分からないし、知らないし、第一興味もない。ただぼくが興味があるのが、雪見酒の言う超能力というのがいったいどのようなものなのかとか、そんな風に雪見酒への興味というよりは能力へのきょみであるし、他にも雪見酒の友人という立ち位置を自ら望んで自称しているのに理由があるとするならば、それは小さな恋心と言っていいかもしれない。別にぼくは小学六年生、小学校最高学年なのだから、恋をしようとおかしくはない。ぼくは知らず知らずのうちに、いや、もしかしたら初めて会ったその時から、ぼくは雪見酒に惚れているのかもしれないけれど、いつ、何が理由で惚れただとか、そんなことはどうでもいいことだ。それはぼく自身もよくわかっていないから、というのもあるし、何よりもぼくにとって大事なのは『過程』や『原因』、『根底』なんてものではなくてあくまでも『結果』だけだからだ。結果さえよければそれでいいのだ。その結果に結びつけるためにどのような過程を築こうと、そんなものはぼくにとってはどうでもいい、些細な問題に過ぎない。だからぼくは過程というものになんの興味も抱かない。そう、たとえば、今ぼくは雪見酒雪音の友人という立ち位置を得るために、ぼくが雪見酒と共に彼女の目的を達成するために、ぼくがぼく自身の『家族』を『皆殺し』にするという過程を通ることになるとしても、それは仕方のないことなのではないかと思うし、今更ぼくがそのことについて何か悲しみだとか罪悪感だとか、そういったものを抱くことはないだろう。今も、これからも。

そんなわけで、ぼくは現在、雪見酒と二人で暮らしている。と言っても流石にぼくの家に暮らすわけにはいかないし、何より家族が皆殺しにされているのだから、ぼくだけが生きていること自体がそもそもおかしいので、世間一般ではぼくも一緒に死んでいることになっている。だからぼくと雪見酒が済んでいるのは、雪見酒が住んでいる家ということになる。雪見酒の家は両親が共に行方不明で、今は独り暮らしをしているそうだ(今はというのは正確ではないか。なぜなら今はぼくも一緒に住んでいるのだから)。

「それにしても、雪見酒の能力は実はかなり便利なんじゃないのか? 言ってみたら、電子レンジみたいなものだろ?」

「電子レンジと一緒にしないでほしいけれどね。そして私は雪見酒雪音。一緒に住むって言うならちゃんと下の名前で呼んで」

「はいはい。わかったよ雪音」

「生意気だわ」

「何が?」

「年下のくせに呼び捨てだなんて……」

「一箇月しか変わらないじゃないか!!」

「一箇月しか? 私たちの時間を『しか』ですって!?」

「それとこれとは話が違うだろ!!」

「それって何? これって何?」

「ああ、もううるさい」

 まったく。子どもか? こいつは……。

雪見酒雪音が使用するのは『振動』と『風』だ。他にも『音』なんかも含まれるんだけど、それは『振動』と一緒にしてもかまわないだろう。

雪見酒曰く、超能力者というのは誰しも、多かれ少なかれ何らかの自分の『属性』みたいなものを持っているらしい。つまりは、その『属性』を操る、操作することで超常現象を引き起こすという事だ。だからたとえば出会った時の幾重にも重なっていた声も、『振動』の能力の一つらしい。勿論、できるのは声を幾重かに重ねるだけではない。たとえば振動で対象を粉末状に砕いたり、液体を熱したり、まあ勿論そんなことは現代の物理学やらで凝り固まった脳みそでは中々に理解し難い物ではあるのだけれども、しかしここはそう。ぼくのような子ども『脳』。柔軟な考えが必要だ。要は、それを解明しようとしなければいいのだ。それを、ありのままを、飲み込む。理解する必要はない。ただ、それが『普通』なのだと思ういことが大切なのだろう。だからぼくは無駄に凝り固まった知識を持ち合わせていなかったことを、今回ばかりは幸福だと思う。

「それで、今日はどうするんだ? もう夜になったけど」

「う~ん。と言っても、別に探してるような奴は出てきてないみたいなんだよね」

「炎使い、だっけ? まったく、規模の大きさがよくわからないな。第一、その炎が一部の人間にしか見えないってのがおかしいんだよ。超能力で起きた現象は、理解できるかどうかは置いておいたとしても、一応は誰だって視覚できるんだろう?」

「そりゃまあ、たとえば『光』とか『屈折』なんかを『属性』とする超能力者がいたとしたら、定かではないかもしれないんだけどね」

「そりゃまた特殊な例だな。『光』はまあいいとしても『屈折』って……。それだったら

『反射』とかもいそうだな」

「いると思うよ? 実際に私が戦った中でも特殊だと思ったのは『縦横』とかかな」

「『縦横』って、何だ? 縦の物を横にするとか、そんな感じか?」

「そんな感じだね。立っていたはずなのに気づけば地面に横になっていた、とかね」

「そりゃまた、使い道があるのかないのか……」

「使い道は多そうだけどね。特に自然災害が起こった時なんかは便利そうだよ。木が『横』向きに倒れてきたら、それを『縦』向きにして元に戻すとか」

「なるほどな~。でも、『斜め』ならどうなんだろうな」

「それは……」

 考えたこともなかったよ。と雪見酒──雪音は呟いた。そして何かを考え込むかのようにあごに手を当てる。

「……悠久って、そういう裏をかく思考が得意だよね」

「裏をかく思考というのが何なのか、それの利便性は何なのか、イマイチ想像し辛いんだけど、それはほめ言葉として受け取っておくよ」

「うん。そうだね。ほめ言葉だよ」

 雪音は赤い瞳でを俺を見てそういった。

──赤い瞳。

そういえば、アルビノの人間を見たのも、雪音が始めてだな。初めて見た超能力者。初恋の相手。どうも、こいつはぼくにとって多くの初めてをもたらしてくれているような気がする。別に、それがだからなんだという話だし、そんなことに何らかの感謝の念が生じることもないのだけれども。

「そういえば今日は奇妙なニュースがあったぜ」

「奇妙なニュースって、どう奇妙なの?」

「何でも家が一軒燃えたらしい。全焼だ。住んでいた人たちも全員燃えてしまったらしいんだけど、何でも火を見た人はいないんだとさ」

「へえ、それは凄いね。まるで超能力者の所業だよ」

「そうだろ? いやあ、ぼくもそう思ったよ。こんな奇妙なこと、普通の人間にはまず無理だろうからね」

 はははは……。

二人で笑い合う。

 左頬に鈍い痛みが走った。

雪音の拳が、ぼくの頬に食い込んでいた。


■   ■


雪音の赤い瞳が、燃え尽きて黒々と炭化した柱をとらえた。そこには何の手がかりも感じられないようで、すぐに視線は別の場所へと移動する。夜風が雪音の、名前通りに雪のような白髪を撫でた。

アルビノ、か。

雪見酒雪音は先天性白皮症という病気らしい。ぼく自身はよく知らないのだが、体の中にあるメラニンが生まれつき欠乏しているのだそうだ。そのせいか、皮膚や髪の毛は透き通るような白色で、瞳は毛細血管の浮き出たような真っ赤な色に染まっている。それをぼくはきれいだと思ったのだが、矢張りそれは所詮他人の意見。雪見酒雪音本人は、どうも自分が他とは『違う』ということにコンプレックスを抱いているようだ。他とは違うとしたら、超能力こそその最たるものだとぼくは思ったし、実際そのように雪音には言ったのだが、曰く彼女にとっては内面よりも外見の方が重要なのだそうだ。それは出会った時にぼくが問うた、「人間?」という問いに対しても同じことが言えるだろう。ぼく自身は超能力のことをさしてそう問いかけたのだが、雪音自身はそうはとらえず、自分の『外見』に対してそのように問われたのだと思ったらしい。まあ、女の子にとっては重要な問題なのだ、ということなのだろう。

兎も角。

兎も角、そんなことはどうでもいい。いや、そりゃ雪音にとってはどうでもよくない問題なのかもしれないが、しかし矢張りぼくにとってはどうでもいい問題なのだろう。というよりも、事実、今この状況下に置いてそんなことはどうでもいい。何度でも言う。幾度だっていう。今、この状況下において、そんなことはどうでもいい。

「おい、雪音……?」

「うん。何かな?」

「いや、どうしたんだ? そんな無言で」

「ええっと、ちょっと気になることがあってね。ほら、悠久が言ってたことが──」

 雪音が言いたいことはわかる。本来今回の火事の炎は見えなかったという。いや、本当に見えなかったのか? よく考えろ。透明な炎なんて存在するのか? 第一、物を燃やすのに炎は果たして必要なのか?

「ねえ、悠久」

 不意に声をかけられる。視線の先にいる雪音の手に握られているのは、長方形の青いカードのようなものだった。

「これ、なんだと思う?」

 手にとって眺めてみると、なるほど、何らかのカードキーのような物らしい。クレジットカードというよりは、どこかの企業の社員用の物なのだろう。その証拠に、番号のほかに名前や企業名などが示されている。企業名は──『出雲興業』か。聞覚えのある名前だな。なんだったか……。確かいつかの新聞で名前を見たことがあるのは覚えている。あれは、そう。代表取締役の出雲康孝いずもやすたかと、沖宮愛美こきみやまなみという女が会社の金を横領していたとかなんとか……。

「名前は、出雲康成だってね。ということはおそらくは、出雲康孝の息子だとか、少なくとも親類ってことになるのかな?」

 出雲なんて名字が多いのか少ないのか、ぼくはあまりよくは知らないのだが、しかし今までぼくが生きてきた十二年間の間に、出雲という名字の人物と関わり合った機会は、覚えている限りにおいて零だ。

「出雲康孝って?」

「このカードに記されてる『出雲興業』ってあるでしょ? そこの代表取締役の人。確か前に新聞に載ってたよ。多分、逮捕されてるのかな?」

「ふうん……。ってことは、じゃあもしかしたらこの家を燃やした超能力者はその出雲康孝って人の親類なのかな」

「うん。だからぼくはそう言ったじゃないか」

「親が犯罪者ってのはつらいものだよ。私がそうだし」

「うん、そういう重い話は置いておいて。というかまだ出雲康孝の息子だって決まったわけじゃないんだけどね」

「まあでも出雲なんて名字は私は今まで聞いたことないくらいには希少なんじゃないかな?」

「お前の知識量がどれ程の物かわかんねえよ」

「小学校には通ってないよ☆」

 話にならないじゃないか。

「せめて、犯人の目的──、出雲康成の目的さえわかれば何らかの行動に出ることはできるんだけどな」

 もしくは、直接出雲康成のところに出向くという方法もあるにはあるのだけれども、まだ出雲康成が犯人だと決まったわけでもない以上、それは些か軽率な判断だといえるだろう。

「そういえば、雪音は俺と初めて会った時に竜巻の中から出てきたよな? あれってどんな方法をとったんだ? 『振動』と『風』を操るっていうんなら、相手の視覚を防ぐ方法はないんじゃないのか? もし相手の視覚を防ぐ何らかのすべがあるっていうなら、それを使って出雲康成を尾行することだってできるだろ」

「ああ、それは無理だね」

「なんで?」

「あの時は単に深夜だったし、悠久の意識を一度外してから、私の周りに竜巻を生じさせてあたかもそこから現れたように見せかけただけだよ。暗闇の中だったから見えにくかっただけだから、多分明るかったらすぐにばれちゃう」

 となると、どうすればいいのか?

「そういえば、一箇月前、俺たちが出会った時の爆発や焼死体、それから先週の山小屋の火事も、全部同じ奴──出雲康成が班員んだと考えていいんだよな?」

「それは多分、間違いないよ。同じような能力を持った人間が三人も似たような事件を起こすとは考えにくいしね。多分、三回目だからこそ犯人も油断したんじゃないかな? 今までずっと追手らしき追手もなかったから、ばれることはないだろうっていう過信が生まれてたんだと思うよ。だから今回はこんな風に自分の身元がばれるような証拠を残してくれちゃってるし」

「まあしつこいようだけれど、それが犯人を推定する材料にはなっても、確定する材料には成り得ないってのも事実だから、イマイチ微妙なとこなんだけどな」

 そこで、ふと思い当たる。出雲康成がこんな意味のない犯行に出た理由。たとえば、自分の父親が横領事件を起こして逮捕されたことに対して、何らかの不満を抱いているとしたら? テレビドラマなんかであるじゃないか。逮捕された犯人の知り合いが、逮捕されなかった関係者に逆恨みで復讐をしていくような展開が……。だとしたら、もし、そうだとしたのなら……。

 確証はもちろんない。ならば。確証を得るために、ぼくはどのような行動を起こしたらいい?

「雪音」

「何かな? 何か気づいたの?」

「わからないけれど……。もしかしたら動機が分かったかもしれない。単純な動機だよ。物語にはありがちな、下らない動機だ」

「……? どういうこと?」

「話は後だ。一度家に戻ろう」


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