ドーピング・ポカリ・ネット+αで23歳
「みーつけたー!!」
夜の街に少年のような声が響き渡る。こそこそと何かを運んでいた男はその声にはじかれたように空を見上げた。
「よーやく見つけたぜ? 違法薬売買人さん?」
「お、お前は?」
「俺ぇ? 俺はポカリ! お前らのような違法売買人を取り締まるネットさ」
「違法薬取締、通称『ネット』……いつの間に俺のことを」
「あ~しりたい?」
たんっというように屋根の上から飛び降りると動きやすい軽装に身を包んだポカリは少し離れた場所に着地する。短く切りそろえた黒髪と、影になっているの幼い顔立ちの中で黄金の瞳がギラリと輝いた。
「ここ数週間、違法薬が爆発的に流れ始めた、芋づる式にたどっていったらお前にたどり着いたってわけなんだ、よ!」
一歩、二歩と近づいていくとぐんっと足に力を込めて鈍く輝くアタッシュケースを持った男に瞬時に近づくと、殴り飛ばす。
小柄な体躯、幼い顔立ちのポカリの攻撃は大した威力ではないだろうと完全に油断していた男は数メートルほどすっ飛ぶ。手放したアタッシュケースを腰に差していた両刃の剣で一刀両断すれば、バシャバシャと淡く輝く青い液体が地面にこぼれた。
漂ってくる匂いにくんっと鼻を鳴らしてみれば、それは違法薬の匂いでビンゴとつぶやきにんまりと笑う。獲物を見つけることができてうれしくてたまらないという表情である。
「お前、何者だ」
「あ~最初にいっただろう? 俺はポカリ、ネットだ。あぁ、お前も騙されたか? 俺はこれでも23歳だぜ?」
にやりと嗤いながら自分のことを親指で示して見せれば驚愕の空気が流れてきた。目深にかぶっている帽子の下から見開かれた青い瞳が見えて楽しそうに哄笑する。
「てなわけでおとなしく捕まれ? もう商売道具はないんだからさ」
「かくなるうえは」
「にがさねぇぜ?」
握っている剣を構えて、凄んで見せればびくりと震えたが厚手のコートの内側をがさがさとあさり始める男。何やってるんだといぶかしんだ顔をすれば、相手が取り出したのは淡く輝く青い液体の入ったガラス瓶。
それを認めると同時にポカリは駆け出し、剣を一閃するが舌打ちをする。
「浅かったか」
「この俺自身が戦ってやる」
ガラス瓶のふたを開けるとポカリが二撃目を放つ前にその中身をすべて飲み干す。剣を振り下ろすが硬質化した筋肉に阻まれて、切り裂くことができない。むしろ岩を殴ったかのように手がじんとしびれる。
「ドーピングかよ」
吐き捨てるように言い放つポカリの視線の先で男の姿が変わっていく、筋肉は肥大し体型も二回りほど大きくなる、肌の色も薄黒くなり青い光が眼球全体にいきわたる。
コートと帽子が吹き飛び怪物のような叫び声が夜闇を切り裂く、あまりのうるささに耳を両手でふさぐ。
「違法薬『怪力』でドーピングすると怪物のような見た目と一時の後遺症と引き換えに爆発的な怪力を得るとかいってたな」
『ドーピング』その名の通り薬を使って体を改造すること。そのほとんどが違法薬と呼ばれるものを使用する。
一部違う方法があるが、ここでは割愛とする。
そしてその違法薬をばらまくのが違法薬売買人、そしてそんな彼らを取り締まるのがポカリのような違法薬売買人取締、通称『ネット』なのだ。
「う~ん、これじゃぁ捕まえて黒幕を吐かせるの難しそうだよな」
丸太のように太い腕が振り回され、風圧が全身をたたくの表情をゆがめながら耐えていると跳躍して飛び込んでくる。
「うわ!?」
さすがに全身を使ったのしかかりを喰らってはひとたまりないので、バク転をして避ける。ズズンという地響きが地面を伝わって、足の裏にまで伝わってくる。
どうしようかなぁと悩みながら眉間にしわを寄せる。剣の柄頭にはまっている深紅の石に軽く触れるとぼんやり輝き始める。
「こいつの力がたまるまでに時間かかるしな」
起き上がった男が手近にあるものをつかむとすごい勢いで投げつけてくる。ごみ箱や自転車など普通は投げてはいけないものがぶんぶん飛んでくる。
避けられるものは避けるが、避けきれないものは剣でたたききる。
柄頭にはまった石がまるで鼓動を打つかのように、明滅を繰り返す。その光が剣全体を包み込み始める。
「おい、まだ理性残っているみたいだからい言っておいてやる。お前は違法薬所持・売買・使用という三つの罪を犯した。ということで監獄送り決定っていってえ!!」
その辺に転がっていた空き缶がすごい速さで飛んできて額にガツンと言う音を立ててあたる。あまりの痛さに剣を落として額を抑え悶絶する。
自分の手のひらに濡れた感覚が伝わる。どうやら額が切れたらしい。
「てめぇ、絶対許さねぇ!」
だらだらと額から流血しながら吠えると、取り落とした剣をつかんで構える。大口を開けて笑っている違法薬売買人の男をにらみつけると、地を這うような声を出す。
「刑務所送りの前に半殺しの刑だ、覚悟しろよ」
赤い輝きがポカリの感情に呼応するかのように最高潮に達し、銀色だった剣が輝きによって真っ赤に染まり、明滅を繰り返す。
空間を切断するかのように、目の前を一閃すればその威力によって周囲の空気が震える。
「フフフ。お前にはもうしゃべる時間を与えないぜ」
ひゅんっと空気を裂くように縦に今度は一閃する、その後を追うように赤い光が残る。悪人のようにあくどい笑みを浮かべると攻撃に移るために走り出す。
逃げようとするかのように男が背を向けるが、ピキリと固まる。油が切れたからくり人形のようにぎぎっと動きが鈍くなる。
しゅうっと白い煙が全身から発生し始めたのを見てニンマリする。
「どうやらドーピングが切れてきたようだな」
巨体になっていた体躯が徐々にしぼんでいき、肌の色も元に戻る。人の姿に戻ってくるのを見ながら剣を振り上げれば大気が震える。
「爆剣【紅蓮】」
上段からすべてを一刀両断するがごとく振り下ろせば、赤い光が花弁のようにほどけポカリの声に導かれるように飛んでいく。
「う、うわああ!?」
花弁のようにふわりと広がった赤い光が男を取り囲む。鋭い切っ先を持つ刃になった光におびえるかのように一歩下がれば、ほかの切っ先が背中に刺さる。
「グッバイ」
いい笑顔を浮かべながら指を鳴らせば一斉に飛び男を拘束する。さらに苛烈な光とともに爆発した。
すさまじい音とともに煙がもうもうと立ち込め、それが晴れるとばったりと倒れ伏している男が。完全に白目をむいて気絶している。
剣を鞘に納めながら、近づいて男を軽く蹴飛ばす。
「ミッションコンプリートだな」
よっこいしょというように男を肩に担ぎ上げると、懐から通信機器を取り出してどこかに連絡をかける。
「あぁ、俺。ポカリ、この町の違法薬売買人は捕まえたから、これから帰る」
通信機器の向こうで何やら騒いでいる声がしてうるさそうに眉間にしわを寄せる。
「うるせぇな。あ、なに? まだいるの!? あ~わかったよ、こいつを引き渡し次第いくから」
やれやれとめんどくさそうにため息を吐くとたんっと地面を蹴る。圧倒的な跳躍力で屋根の上にまで飛び上がると、駆け出して夜闇の中に消えた。
違法薬売買人はまだまだ世界にはびこっている、そんな奴らを捕まえるのが違法薬取締、通称ネット彼らの仕事はまだまだ終わらない。