痴漢から始まる百合恋
7時21分。
都内へと向かう電車を待つホーム。
マスクの下で欠伸を噛み殺す。
ねむ。
もう社会人になって七年経つが、朝の通勤はいつまでも嫌だ。
まあ、通勤が好きな人間なんて居ないと思うけど。
そんなことを思いながらホームに着いた急行の電車に乗る。
私の位置は降りる方のドア横。
ドアと座席の一人分の隙間。
ここは混み合う電車では安地なんだ。
「............」
でも今日は最悪な日だった。
いつもは音楽を聴きながら目を閉じるのだが、肝心のイヤホンを忘れてしまった。
仕方ないのでボーッと外の世界を見る。
次の駅に着く。
「......へ?」
思わず声を漏らす。
乗って来たのは腰まで流れる桃色の髪の女の子。
この世にこんな子が居るなんて。
(ギャルゲー世界なので居ます)
JKだろうか?
ブレザースカートをきっちり着た女の子は、私とは反対側のドア横に位置取る。
カッチリとしたブレザーで強調された胸。
膝下のスカートでも隠せないお尻のライン。
スカートとソックスの隙間に見える毛のない綺麗な肌。
そして綺麗に磨かれたローファー。
顔もめっちゃ美少女だった。
長いまつ毛と垂れ目が可愛い。
目が奪われてしまう。
「......?」
女の子の顔がこちらに向く。
私は顔を逸らす。
流石に女でもずっと見ていたら気味悪がられる。
というか、前からこんな可愛い子居たのか?
寝てたから気付かなかっただけなのか?
でも、こんな可愛い女の子と一緒の電車に乗れて何だか誇らしく思えた。
今日も仕事頑張ろ〜。
「............」
でもやっぱり気になってしまう。
こんな可愛い子が目の前に居るのに見ないなんて、それはそれで悪いと思ってしまう。
可能な限り薄目で......?
「............」
女の子が具合悪そうに俯いていた。
いや。
完全に主観だから具合なんて分からないが、私にはそう見えた。
固く目を瞑って少し震えている。
大丈夫かな?
それにしても後ろのおじさん近くないか?
人が多いけど満員じゃないんだから少し離れれば良いのに。
「............」
ああ、そういうことか。
この子、大人しそうだもんな。
仕方ない。
ちょっとだけ。
本当にちょっとだけ手助け。
「あ、比叡山さん! 久し振り〜」
適当に思いついた名前を呼ぶ。
女の子とおじさんの間に割って入る。
そして女の子を囲うように腕を伸ばす。
突然のことで女の子はびっくりしていたが、微笑んでおく。
「私に合わせて」
小声で囁く。
女の子が頷く。
「本当に久しぶりだね。今から学校だよね? 途中まで一緒に行こうか」
確か女の子の制服からして最寄り駅は私が降りる一個前だ。
それまで守ってあげられる。
後ろにはまだおじさんの気配。
舌打ちが聞こえた気がしたけど気にしない。
むしろ私のお尻を触って来たら股間を蹴りあげてやる。
「お、降ります」
私が女の子を腕の中で庇い、二十分ほど。
か細い声だったが、それが女の子のものだと気付くと、私は女の子を解放する。
「行ってらっしゃい」
女の子はホームへ降りる。
私にペコリと礼儀正しく頭を下げる。
「ーーーーーーーーーーー」
何か言っていたが、ドアが閉まってしまったので聞こえなかった。
でも女の子を助けられて満足したので良いや。
翌日。
今日はイヤホンを忘れなかった!
それに今見ているアニソンが配信されたので早速ダウンロードして聴いている。
そのままウトウトと7時21分発の急行に揺られる。
「......?」
次の駅に着く。
乗客の出入りを気配で感じていると、隣に誰かが立つ。
気になったので私は薄っすら目を開ける。
「!?」
昨日の可愛い女の子だった。
そういえば彼女はこの駅だった。
というか距離が近いな。
今日はドア横の隙間じゃなくて扉の前に立っている。
そして私を見ていた。
「お、おはよう」
可愛い女の子に上目遣いで見られては無視出来ない。
私はイヤホンを外して微笑む。
「はい。おはようございます」
女の子も私に笑ってくれる。
ああ、可愛いな〜。
幸せになれる。
今日の星座占いは最下位だったけど、あれは嘘だな。
「昨日はありがとうございました」
「ううん。助けられて良かった」
律儀だな〜。
偉い偉い。
「あ、あの」
「ん?」
女の子の声が小さくなる。
私は声を聴くために顔を近付ける。
「今日も助けてもらって良いですか?」
「え?」
私は車内を見回す。
昨日のおじさんは居なさそうだが......
「............」
男連中が私から明らかに顔を逸らした。
なるほど。
あいつら全員この子目当てか。
どおりでおじさんがあんなことをしても誰も声をあげないわけだ。
バレないように他の女性客を女の子の近くから排除してる。
誰彼構わずにドア横を占拠する私はさぞかし邪魔者だったんだろう。
「おいで」
隙間を開けると、女の子が入り込む。
そして包み込んで壁になる。
「ありがとう、ございます」
ぎゅっと私の胸に顔を寄せる女の子。
反対に女の子の大きな胸が私に温もりをくれる。
て、いかんいかん。
変なことを考えるのはやめよう。
「いつもこの電車ですよね?」
「え? あ、うん」
まさか話が続くとは思っていなかった。
「この後の電車だと会社まで走らないといけないし、でもギリギリまで寝てたいから一個前の電車には乗りたくないんだ〜」
クスリと女の子が笑う。
ああ、やっぱり可愛い。
「あ、すみません。つい」
「ううん。笑ってくれて嬉しいよ。少しは緊張が解けた?」
「は、はい」
女の子はもっと柔らかく笑う。
可愛過ぎる!(限界化)
「いつも触られてて。でも、怖くて声も出せなくて」
「そうだね。怖いよね」
ああいうのは大人しい子を狙うらしい。
被害に遭っても声をあげられないし、他人を間違えて犯罪者扱いしてしまわないか不安になってしまうからだ。
その心理を逆手に取るんだから酷いものだ。
「今度からは女性専用車両に乗った方が良いよ。あそこなら被害に遭わなくて済むし」
「......そう、ですね」
目を丸くした女の子が落ち込む。
いやこれも主観で落ち込んだように見えた。
「え、えと。女性専用車両に行かないんですか?」
「ん? あ、私?」
私は苦笑する。
「女性専用車両って先頭の一両だけでしょ? あそこまで行くの面倒だし、この車両だと降りてすぐにエスカレーターがあるんだ〜」
なるべく動きたくないもんね。
「わ、私もです!」
女の子が声をあげたのでビックリしてしまう。
「わ、私も、駅降りたらエスカレーターがすぐなので」
「............そうなんだ〜」
そうだっけ?
そんな近くなかった気がするけど。
まあ、利用してる本人が言うんだからそうなのかもね。
でもーー
「君は可愛いから危ないよ? 私みたいなおばさんとは違うんだし」
「おばさんだなんて! 凄くお綺麗です!」
「え、あ、ありがと」
やばい。
めっちゃ恥ずいけど、めっちゃ嬉しい。
「もう〜。そんなに褒めてくれるなら仕方ない。約束は出来ないけど、一緒の電車になったらそばに居てあげるね」
「っ! はい!」
それからというもの。
私たちの奇妙な関係は続いた。
お互いの仕事や学校のこと。
好きな音楽にアニメやドラマの話。
趣味や休みの日は何をするのか。
ただ乗る電車が同じなのに親しい友人のようになっていった。
半年以上そんな日が続いた、ある日のこと。
「おはようございます」
「うん。おはよ、う......?」
女の子はいつもと違った。
花の香水の良い匂いがする。
眉や瞳のラインがくっきりした気がする。
唇がリップのおかげか血色の良いものに。
そしてスカートも短くなり膝上になっていた。
「今日はオシャレだね。なんか垢抜けた?」
「は、はい。お小遣いで頑張りました」
そうだね。
私は化粧をあまりしない方だけど、化粧品の値段は知っている。
一式を揃えるとなったら学生には高い。
でも化粧をするのは、それだけの価値があるのだ。
「......どうして急に? あ、もしかして好きな人でも出来た?」
目を丸くする女の子。
クスッと大人っぽく笑う。
可愛いではなく、綺麗になってしまった。
「はい。友達に相談したらオシャレした方が良いよって。それでお化粧とか教えてもらいました」
「......そうなんだ。良かったね」
ああ。
そうだ。
男からいくら救おうが、結局は他の男のところに行くんだ。
あはは。
何を勘違いしてるんだ、私。
いくら正義感があろうが、親しくなろうが、女の私は男には勝てないんだ。
それに今以上の関係を求めるなんて酷い妄想だ。
アニメとか漫画の読み過ぎ。
自分で自分がキモい。
「大丈夫ですか? お顔が悪そうですけど」
「......少し寝不足なんだ」
その日はお互い黙ったまま別れを告げた。
翌日。
綺麗になった女の子は当たり前のように私に包まれる。
「おはようございます」
「うん。おはよ」
毎日のように向けてくれた笑顔が眩しくて辛い苦しい。
そのままお互いに黙る。
私に至っては口を開いたら黒い言葉が出そうだった。
「............」
黒いドロっとした感情に支配されていく。
私の物にならないなら、いっそのこと男共のように犯してしまおうか。
そんな考えが脳を埋めていく。
どうせ周りは彼女を狙ってる奴らばかり。
私が大胆な行動をしても通報したりしない。
むしろその目で、スマホで、女の子を犯すだろう。
「............?」
女の子が不思議そうに自分の足を見る。
彼女の顕になった張りのある白い太ももに私の手が伸びてるから。
「あ、あの。足に何か付いてますか?」
女の子は状況を理解してない。
それもそうだ。
自分を救ってくれたヒーローがヴィランになろうとしてるなんて想像も出来ない。
「綺麗だね」
私は手の甲を女の子の太ももに当て、そのまま上へと滑らせる。
「あ、あの」
震える声。
私は無視をする。
スカートを僅かに捲る。
ああ、男に媚びを売るような大胆なショーツ。
嫌いだ。
「や、やめて......ください」
小さな抵抗。
でも弱過ぎるよ。
そんなんじゃ男に襲われても仕方ない。
全部ーー
「君が悪い」
「やめて!」
ドン! と胸を押される。
油断していたが、それでもこんなに強く拒めるんだ。
「じゃあね」
タイミングよくホームに到着した電車から降りる。
あーあ。
終わったな〜。
......会社は遅刻かな。
そう思いながら私は欠勤の連絡をした。
こんな気持ちで働けるわけなかった。
それから数日間。
私はわざわざ女性専用車両に乗っていた。
同じ車両だと会う確率が高い。
それにあっちだって会いたくないだろう。
だというのにーー
「はあ! はあ! はあ!」
私は駅の階段を駆け降りる羽目に。
思いっきり寝坊した。
全速力だ。
「ま、間に合った〜」
駆け込み乗車はご遠慮ください。
いかにも私に向かって放送が流れる。
でも乗れて良かった。
今日は祝日でダイヤが違うから危なかった。
「............」
そうだ。
祝日なんだ。
それだったらこのままこの車両で良いかもしれない。
イヤホンを耳につけてドア横へ。
目を閉じる。
今日は学生が居なくて空いていて静かだ。
いつもこんなんだったら幸せかもね。
「............」
電車が速度を落として止まる。
あの女の子と出会った駅。
でも今日はどうせ会えない。
このまま寝てしまおう。
「......うげっ!?」
胸に衝撃。
誰かに体当たりされる。
今日は人が少ないんだから混んでないだろうに。
ぶつかって来やがった奴の顔を拝んでやろうと目を開ける。
「......え?」
女の子だった。
私が傷つけてしまった女の子だった。
涙目で私を睨みあげてる。
イヤホンが奪われる。
「ずっと、探してました」
「探してた? ああ」
思い当たるのはひとつ。
自分を穢した犯罪者を捕まえるためだ。
「私を捕まえるために祝日まで制服着て来たの? ご苦労様だね」
もういっそ嘲笑ってやる。
女の子を、そして私自身を。
「良いよ。そんなに嫌なら次の駅でーー」
「今度は、我慢しますから」
恥ずかしげに、頬を染めて女の子が言った。
「我慢って?」
「あ、あのときは驚いて思わず突き飛ばしちゃいましたが......嫌じゃ、ないです」
嫌じゃ、ない?
「それって。私に触られるのが嫌じゃないってこと」
恐る恐るの確認。
だけど女の子はしっかりと頷く。
「キスとかしちゃうかもよ?」
「ど、どうぞ」
いや、そんなまさか。
「しないん、ですか?」
涙目の瞳が私を見る。
顔を逸らせない。
私は女の子の腰に手を回す。
そして逃さないように抱き締める。
「は、初めてなので、失敗したらすみません」
女の子が目を閉じる。
緊張してるのか、強く固く目を閉じる。
その初々しさが愛しく可愛い。
綺麗になったと思ったけど、この子は可愛いな。
「じゃあ、するね」
私も目を閉じる。
そして口づけ。
「......口にしてくれないんですか?」
ムスッと唇を尖らせる女の子。
私は苦笑する。
「だって恋人じゃないもん」
「じゃあ、なってください」
「......はい?」
首に女の子の腕が回される。
近付く瞳から逃れられない。
「恋人って。君には好きな人が居るんでしょ? 私じゃなくて」
「あなたです」
私の言葉が否定される。
「私が好きなのは、ずっとあなたです。あの日、助けてもらった日から好きです。頑張って可愛くなったのも、あなたに見てもらいたかったからなんです。だからーー」
女の子が明るく笑う。
「私を恋人にしてください」
............ははっ。
こんな熱烈に告白されたら無理だよ。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
お互いに瞳を閉じる。
これが私のファーストキス。




