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神々の墓標 ~カフール国奇譚~  作者: えんや&マリムラ
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羽虫と蟻

 中天に月が浮かんでいた。

 あと2日もすれば満月だろうか。

 ヘクセは月を見上げながら思索にふけっていた。


「そんな顔もするんだな」


 不意に背後から声をかけられた。

 振り向くとカイが立っていた。


「何か変な顔をしてたかい?」


 にへらと笑ってみせる。

 カイは隣に腰を下ろした。


「切なそうな顔をしていた」

「そりゃ、私だって切なそうな顔の一つや二つ持ってるさ。女の子なんだぞ」

「お前はいつも楽しそうにしてたから、悩みなど持ってないと思ってたよ」


 カイは本気っぽかった。


「人間だもの。悩みもするし、苦しみもするさ」


 ヘクセはそのまま仰向けに転がった。そして月に向かって手を伸ばす。


「……私は月の光に誘われる羽虫だ。届かぬと知ってても、そこに向かって飛ばずにはいられない」


 ヘクセはふふっと笑った。


「月の光の下はよくないな。思わず素直になる」

「……お前がそれほど求めるものってなんだ?」


 カイが尋ねてきた。


「会話の機微を楽しまないなんて、つまらない男だなー。

 それはカイがここにいる理由と引き換えの約束だよ?」


 ヘクセは意地悪く切り返した。


「こんな月の下で探り合いは風情がないと思わない? それよりも、もっとおしゃべりをしよう。

 ……カイ、私が羽虫なら、君はさしずめ蟻といったところか。それも巣穴への道を失った蟻だね。……帰り道は見つかりそうかい?」


 カイは息を呑んでヘクセを見た。




「私、家から出てきたの……今までと違って、ちゃんとね」


 あの日、セラフィナが放った言葉が耳の奥に響く。


「だから、盟約はもう意味を成さない。貴方は自由なの」


 その言葉を最後に、セラフィナは旅立った。


 物心付いた頃から、彼女の側にいるのが当たり前だった。彼女を守ることは仕事である以前に、当然のことだった。

 だが、彼女がそれを拒んだら?

 陰となり、皇族を守ることために人生を捧げることを使命づけられた隠密剣士。しかしその盟約が意味をなさなくなった今、彼女に無理強いすることもできない。カイには、本当にどうすることが最善なのか、わからなかった。


 カイはその後、しばらくあてどない放浪を続けたが、結局、幼い日を過ごしていたスーリン僧院に帰ってきてしまった。ここで答えが得られるとは思っていない。しかし、カイは今、自身が何をすべきなのかすっかりわからなくなっていた。




「カイって嘘のつけないタイプでしょ? 目の奥に、寂しさと迷いが見えるよ。」


 ヘクセの目がカイを真っ直ぐに捕える。心の奥まで覗き込まれそうでカイは視線をそらした。


「…寂しいなら寂しいと伝えればよかったのだよ。幼馴染君にさ。

 そうすれば、次に進めただろうに。

 大方、物分かりいいフリして、送り出しちゃったんだろう?

 バッカだねー。

 なんでカフールの人ってそうなのかね?

 禁欲的というか、弱音を吐きたがらないっていうか。

 人生ハレもあればケもあるって。その両方とも素直に受け入れて、ハレの時には心からはじけて、ケの時にはいっぱい泣いて……

 そうやって生きれば楽だろうに。」


「……言ったところで、彼女を困らせるだけだ。

 彼女とて十分に悩んで出した答えだろうし、私に何が言える?」


 それはカイの本心の一つであった。


「それがやせ我慢っていうの。

 あげく、ここでうじうじしてたってしょうがないじゃん。

 それともここで修行を積んで鉄の意志を身につければ、そんな人の弱さを捨てられるとでも?」


 ヘクセは唇を尖らせてダメ出ししたが、ふっと表情を緩めた。


「しょうがないなぁ。カイ君のために、その幼馴染君の代わりをしてあげよう。

 さぁ、私をその幼馴染君だと思って、あの日言えなかった言葉を言いたまえ」


 ヘクセは両手を広げる。


「カイ。ごめんね。わたしばかりわがまま言って。

 聞かせて。カイはどうしたいの?」


 その物言いと表情がセラフィナにあまりに似ていて、

 一瞬、ヘクセに彼女の面影が重なって、

 カイは思わず自分の目を疑った。


 カイは頭を振る。やはりヘクセはヘクセだ。

 カイはヘクセをまじまじと見て、言った。


「無理」

「なんで!」

「お前とフィーとじゃ、全然違う」


 カイはそう言ってから、吹き出した。

 ひとしきり笑ってから、ヘクセの頭をぽんぽんと叩いた。


「気持だけ受け取っておくよ。

 ありがとう」


 ヘクセは不満げに唇を尖らせたが、カイの笑い顔を見て頬を緩めた。


「ま、いっか。時に迷うのも人生だ。

 一ついいことを教えてあげよう。

 人は幸せになるために生きてるのだよ。

 そりゃ、置かれた環境は選べないけど、どんな状況でだって、どう反応することを選ぶかは自身なのだしね」


 カイは月を見上げ黙り込んだ。

 ヘクセも月を見上げた。

 言葉は交わさなかったが、不思議と分かり合えた気がした。



   *   *   *

 


「昔々、グーティエという偉い僧正がここにいたんだよ。この人、誰が何を問うても、ただ指を1本立てるだけなんだ。彼には若い侍者が仕えていたんだけどね。ある時訪問者が、『あなたの師匠はどんな教えを説かれますか』って聞いたんだ。侍者は何も言わず指を1本立てた。これを聞いたグーティエは、刃で侍者の指をちょん切っちゃった。侍者が泣きながら走り去ろうとした時、グーティエは彼を呼んだ。彼が頭をめぐらすと、グーティエは指を1本立てた。そして侍者は忽然として悟った。


 ……『一指の悟り』か。


 この話はカフール哲学の特徴を示す有名な話だねー。

 カフール哲学は『不立文字』。ありていに言うなら『言葉には出来ない』だ。

 自らがその境地に達する他無い。だからこそ、カフール哲学のことを『道』と呼ぶんだし、修行のことを『求道』と呼ぶわけだね。

 『道』とは魂を練磨し、領悟の頂きへと至る手段だ。武術、気孔術、仙術、針術、漢方……カフール特有の技術の真髄でね、これによってカフールの武人達や仙人たちは人を超えた業を使える。

 でもね、実のところ、そんな業は求道の過程で得る副産物なんだ。

 『道』とは、自然の周期と調和して動くことにより、人体の最大潜在力を引き出すための生き方なんだね。わかる?」

「うん、グーティエって人が指をちょん切っちゃう人ってことはわかった」


アティアは力強く頷いた。


「珍しく、おとなしく本を読んでやってると思ったら何の話をしてるんだ? 子供には難しすぎるだろ?」


 脇で見ていたカイが思わず突っ込みを入れる。


「ごめんごめん。ついつい夢中になっちゃって。

 ちなみにこのグーティエさんの姓がゲンマって言って、『指きりげんまん、嘘ついたらはりせんぼんのーます』って歌の元になったんだよ♪」

「ホント!?」

「ううん、嘘w」


 目を輝かせて乗り出すアティアに、ヘクセはにこやかに告げた。

 奇妙な沈黙があたりを支配する。


「ヘクセのうそつきー! はりせんぼん飲ませてやるー!」

「きゃーっ! やめて助けてー!」


 本を放り出し取っ組み合いを始める二人。カイは溜息をついて、本を拾い集めた。



 その部屋の横をばたばたと僧達が走っていく。


「何か騒がしいね。何があったんだろう?」

「確認しよう」


 カイは襖を開き部屋を出ると、近くの僧に声をかけた。


「何かありましたか」

「ええ、今、大僧正がお戻りになられたのですが、お怪我をなされて……。

 お付きの者達はいなくなったと……。どうやら帰路にて、何者かの襲撃を受けたようで……」


 カイはその言葉を聞いた瞬間駆け出した。

 後ろをヘクセがついて来る。



 二人が駆けつけたときには、大僧正は多くの僧に囲まれ、正殿へと運び込まれるところだった。


「大僧正!」


 カイが声をかけるが、大僧正はちらりと見ただけで、苦痛のうめきを上げ顔を伏せた。そのまま慌しく寝室へと運ばれていく。

 ヘクセはその様子を黙って見ていた。


この話はえんや作。


この話にちらりと出てくるカイとセラフィナの別れの話は別リレーでの話です。

知らなくても問題なしなので、「カイ、幼馴染に振られたんだなぁ」くらいに流せばけっこうかと。

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