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神々の墓標 ~カフール国奇譚~  作者: えんや&マリムラ
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青年の試練

 眠ってしまったアティアを起こさないようにそっと抱え上げると、カイはヘクセに顎で先に歩くよう指示した。


「そういう態度はどうかと思うなぁ」

「アティアを部屋に寝かせた方がいいだろう。ほら、立て」


 ブツブツ言いながらも楽しそうに元気に立ち上がったヘクセは、軽やかに歩き出す。


「お前、さっきまでの辛そうな態度も嘘か」

「え、アレは本当に痛かったんだよ。そう嘘ばかり言っているわけではないもの」


 そう言いながらも見違えるように元気そうなヘクセにカイはげんなりする。

 女の子はもっとしとやかなものだと思っていた。一番身近にいたセラフィナは、もっと優しくてしとやかだったはずだ。あれは幼い頃からの躾ももちろんあるが、出自や境遇とは別の根本的な何かが違っていたように思う。


「あ、今誰かを思い出したね?教えて」


 くるりとヘクセが振り返った。大僧正も自分が子守り向きではないと知って任せるのだから酷い話だ。眉根に僅かに力がこもる。


「幼馴染だ。お前の年の頃にはもっとしっかりしていたと思ってな」

「へぇ、今はその人どこにいるの」

「さあな、遠くへ旅立ってしまった」


 ふむ、とヘクセはなにやら考え込んでいる。コレでしばらくおとなしくなればいいのだが。奥の院は通常大僧正しか出入りしないのだが、許可を取っている上主は不在なので一礼して静かに入る。大僧正はこの二人をカイに任せた後、皇家と元老院の呼び出しを受けて首都に向かっていった。何事もなければ4~5日で帰るといっていたが、子守りが今日で終わらないことを考えると頭が痛かった。


 アティアを部屋に寝かせ、奥の院を出たところでヘクセが言った。


「幼馴染を遠くへ旅立たせたくなかったなら、押し倒して既成事じぐはっ」


 もちろんカイの拳骨が頭上から降ってきたのだが。


「何か考え事をしていると思ったら、そんなことか」

「だってそうだろう?」

「兄弟のように育った相手をそんな目で見れるか!」


 ヘクセは大いに不満だというように口をへの字に曲げる。


「傍にいたいなら一番手っ取り早いじゃないか~」

「そういう問題じゃない」

「ね、その人って美人? 可愛い系? それとも……」

「お前なんかに話すんじゃなかった」


 カイは天井を仰ぎ見た。途端にヘクセが走り出す。


「止まれ、へクセ!」

「あはは、追いかけっこだよーん」


 言いながら通路の角を曲がる。カイはヘクセの態度に呆れながらも、許可の下りていない場所へ入り込まないよう、追うしかなかった。



   *   *   *



「はぁ、はぁ、足、速いねー」

「黙れヘクセ。お前には二時間の正座の刑だ」

「えぇー、いたいけな子供に酷いよ、カイ」

「誰がいたいけだ、誰が」


 猫のように首の後ろを掴まれたヘクセは、息も乱れていないカイにぶら下げられてばたばたと暴れていた。


「ちょっと運動しようと思ったんだよー」

「嘘つけ」


 ヘクセは気にした様子もなくしばらくばたばたを続け、ふと、手を叩いて言った。


「手篭めにするより拉致監禁の方が良かったかな」


 返事もなくカイの鉄拳が飛ぶ。ヘクセは頭を抱えて座り込みながらカイを見上げた。


「い、たたたた。結局カイがここにいる理由、聞いてないんだからねー」

「だからどうした」

「手の内を明かさずに自分だけ知ろうとしちゃダメだよ」

「こっちのセリフだ」

「おお、それもそっか♪」


 ヘクセは頭をさすりながら笑う。カイの冷たい目線も気にしない。


「そうだ、コレを機に言っておく。僧院の者たちとの接近は控えてもらいたい」

「何故?」

「もともと女人禁制の地だ。色欲に目が眩む者もいる」

「わーい、へクセ魅力的?」

「子供だから平気かと思っていたが、嗜好が偏った者が若干名いるようなのでな」

「おお、目端が利くねぇ♪」


 気付いていてわざと言わせるように仕向けるところがタチが悪い。

 カイは深く深ーく溜息を吐いた。



   *   *   *



 ヘクセは見た目の年齢よりも本当に手のかかる子だった。隙あらばアティアに嘘の情報を教えようとするし、カイがうたた寝でもしようものなら大脱走劇を繰り広げてくれるしで、落ち着いている暇がない。知識量は相当のものだと思われたが、時折織り交ぜる嘘がどの程度の嘘なのか、もしくは本当のことなのか、判断に困ることすらあった。


「ヘクセは楽しそうだねー」


 ヘクセと一緒にごろごろ転がりながらアティアが笑う。アティアは幼い頃のセラフィナに少しだけ容姿が似ていた。あの頃のセラフィナにも友達がいたらこうだったのだろうか。


「私はいつだって楽しいことを追いかけているのだよ」


 ごろごろごろーっと床の上で勢いを増すヘクセ。ぶつかって噴出すアティア。


「ねえアティア、君はここから出たいと思ったことはないの?」

「え? うーん、よくわかんなぁい」

「そっか」


 ヘクセはどんな楽しいことを追い求めてここへ流れ着いたのだろう?

 わからないまま、カイの試練の日々は続く。


これはマリムラさんの作。



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