囚われの少女
(うーん、どじった)
ヘクセは反省房の言う名の独房の床に寝転がりながら、ぼんやりと天井を見上げていた。
(しかし、ちょっぴり侵入しただけなのに、なにもここまでしなくともよいと思うんだけどなー)
反省など皆無で心の中で愚痴をたれながら、ごろごろと床を転がる。
扉の向こうから近づく足音が聞こえるが気にしない。
(あっ、あの天井のシミ、人の顔に見えるw)
「それ、何の遊び?」
不意に檻の向こう側から、透きとおった声が聞こえる。
どうやら先ほどの足音の主らしい。
「君にはこれが遊びに見えるのかね?」
ヘクセは寝転がったまま、顔だけ声の方に向けた。
反省房の扉には、大人の目の高さに小さな鉄格子の嵌まった覗き窓と、食事を入れるための小さな差し入れ口が、下のほうに付いているのだが、その差し入れ口の蓋を開けて、少女が覗き込んでいた。
美しい黒髪に透きとおるような白い肌、純粋さが溢れてきそうな瞳の少女だ。
「…実はこれは金魚体操といってな。
脇腹の贅肉を取るためのエクササイズなのだよ」
ヘクセは仰向けに寝転がったまま、真面目な顔を作って答えてみる。
「ふーん。ねぇねぇ、どうやって、祖霊神様のご霊廟に入ったの?」
少女は自分が振った話題を軽くスルーして、全く別の質問に切り替えた。どうも、目の前の疑問を解決せずにはいられない性格らしい。
「たまたま迷い込んじゃったんだよ」
「でもクォンロン山って、特別な儀式をした男の人しか入れないって聞いたよ?
それ以外の人は頭痛くなったり、吐き気したりして大変なんだってー。
祖霊神様のご霊廟って山のてっぺんにあるんでしょー?」
「なんだ、どうりで吐き気がすると思ったんだ。てっきりつわりか何かかと思ってたんだけど…」
「つわりって?」
「うん。女性はね。ある時期になると体内に赤ん坊という別の生命体を宿すもんなんだよ。この赤ん坊はキャベツ畑で女性の体内に侵入するんだけどね。で、赤ん坊が体内にいるときに感じる吐き気をつわりと言うの。わかった?」
「そーなんだ!」
「最近キャベツ畑に入ったことは?」
「無いよー」
「そう…。
でも野良キャベツが草むらの中にいるかもしれないから油断は禁物ね。
最近草むらに入ったことがあるなら、次に吐き気がしたときは、『つわりかもしれない』と大人の人にちゃんと相談するんだよ」
「うん!わかったー!」
(わかっちゃったのかw)
内心でつっこんだ時、ヘクセはあることに気付いて、起き上がった。
「…ここって女人禁制じゃなかったっけ?」
「にょにんきんせーって?」
「女はいちゃダメって意味だよ。」
「でもおねーさん、女の人でしょ?」
「うん。だからこうして閉じ込められてる。君はどうしてそこにいれるの?」
「知らないよ。小さい時からここにいたもん」
「…そうか」
ヘクセは顎に指を当てて呟いた。
少女は見たところ8、9歳程度だろう。つわりをよく知らなかった点も、ここの僧達に育てられたとすれば納得がいく。
「…君のほかに女の人はいるの?」
「うぅん、いない」
「友達はいる?」
「いないよ。お兄ちゃんとかおじちゃんばっかだもん」
「そっか。じゃあ、今日から友達になろう。私はヘクセ」
ヘクセは差し入れ口ごしに、包帯だらけの右手を差し出そうとして、一瞬躊躇し、結局左手を差し出した。
「わたしはアティア。よろしくねー」
少女はしっかり左手を握り返してきた。
「右手怪我してるの?」
「火傷みたいなものなの。人に見せれる代物じゃないから隠しているんだけどね。痛みはないよ」
「ふーん。ねぇねぇ!ヘクセってさ、外のこといろいろ知ってるんでしょ? 教えて!」
「そーだねー。じゃあ、シカラグァって国にある、元ナジェイラ神聖国のダリ・ラーマに会った時の話をしよっか…」
数刻後、アティアはすっかりヘクセに懐いてしまっていた。
この回の作者はえんや