6章 選ばれない理由
午後の光は、どこか乾いていた。
風はある。
だが、涼しさはない。
ソレアの前を通る人々は、足を止めることなく流れていく。
ハルノは、カウンターに立ったまま、その流れを見ていた。
「……増えてはいる」
ぽつりと、つぶやく。
確かに、客は来るようになった。
ゼロではない。
あの少年も、ほぼ毎日のように来ている。
常連と言っていいのかもしれない。
——だが。
「……多くはないな」
それもまた、事実だった。
少し視線を横にずらす。
隣のケバブ屋。
派手な看板。
明るい声。
そして——人の列。
三人。
四人。
時にはそれ以上。
回転も速い。
笑い声も絶えない。
「……違うな」
ハルノは、小さくつぶやいた。
——何がだ。
声が問う。
ハルノは、しばらく黙った。
そして、ゆっくりと口を開く。
「……強さだ」
見せ方。
わかりやすさ。
入りやすさ。
すべてが、はっきりしている。
対して——
ソレアは静かだ。
呼び込みもない。
目立つ要素も少ない。
「……入りづらいか」
自分の店を、外から見るように考える。
知らない人間が、ここに来るか?
——来ないな。
答えは、すぐに出た。
「……だよな」
ハルノは、苦笑する。
あの少年は来る。
だがそれは——
すでに“知っている”からだ。
一度来て、安心したからだ。
だが初めての客は違う。
“入る理由”が必要だ。
「……足りてないな」
——何がだ。
「入口だよ」
ハルノは、通りを見ながら言った。
味でも、技術でもない。
その前の段階。
“入るきっかけ”。
それが、ソレアにはない。
風が、少しだけ強く吹いた。
ソースの香りが流れる。
だが——
その香りに気づく者は、ほとんどいない。
「……届いてない」
小さく、つぶやく。
中でどれだけ整えても、
外に届かなければ意味がない。
——なら、どうする。
声が問う。
ハルノは、すぐには答えなかった。
しばらく、考える。
呼び込みをするか。
看板を変えるか。
派手にするか。
「……違うな」
小さく、首を振る。
真似をすれば、似る。
だが——
それは“自分の店”ではなくなる。
——では、どうする。
ハルノは、通りをじっと見た。
人の流れ。
視線の動き。
立ち止まる場所。
通り過ぎる場所。
そのすべてを、静かに観察する。
すると、気づく。
ほんの一瞬だけ、
ソレアに目を向ける人がいる。
だが——
そのまま通り過ぎる。
「……一瞬は見てる」
——なら?
「……足りないのは、その先か」
目に入る。
だが、入る理由がない。
あと一歩。
その“一歩分”が足りない。
そのときだった。
「……あ」
少年が、やってくる。
今日も、変わらない足取り。
ハルノは、少しだけ考えてから言った。
「……よく来るな」
いつもとは少し違う言葉。
少年は、少しだけ笑った。
「……来やすいから」
その一言だった。
ハルノの中で、何かが止まる。
「……来やすい?」
少年は、うなずく。
「なんか……そのまま来れる」
それだけ言って、少し照れたように目をそらす。
ハルノは、何も言えなかった。
——それだ。
声が、静かに響く。
「ああ……それか」
“来やすい”。
派手じゃない。
強くもない。
だが——
確かに、理由だ。
ハルノは、ゆっくりとうなずく。
「……ありがとうな」
ぽつりと、言った。
少年は、少し驚いた顔をしてから、うなずいた。
「……甘口」
いつもの注文。
ハルノは、静かに答える。
「わかった」
肉を削ぐ。
その動きは、迷いがなかった。
足りないものはある。
だが——
持っているものも、確かにある。
「……来やすい、か」
小さくつぶやく。
それは、弱さではない。
一つの“強さ”だ。
まだ足りない。
だが——
進む方向は、見えた。
——いいな。
「ああ」
ハルノは、静かにうなずいた。
ソレアの前を、風が通り抜ける。
その流れは、ほんの少しだけ変わっていた。
劣等感




