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4章 空回りの親切

 

昼の商店街に、いつもより少しだけ活気があった。


ソレアの前にも、ぽつぽつと人が立ち止まる。


ハルノは、静かにそれを見ていた。


——増えてきたな。


頭の中の声が言う。


「ああ……少しだけな」


ほんの数人。

だが確実に、昨日までとは違う流れがあった。


「また来る」


その言葉が、少しずつ現実になっている。


ハルノは、ふと考えた。


——なら、もっと良くできるんじゃないか。


ほんの小さな欲だった。


だが、その欲は静かに広がる。


「……トッピング、増やすか」


ぽつりとつぶやく。


その日から、ハルノは少しずつ変え始めた。


ソースの種類を増やす。

野菜を少し多めにする。

声も、少しだけかけてみる。


「おすすめ、あるけど」


慣れない言葉。


それでも、やってみた。


最初の客は、少し戸惑いながらうなずいた。


「……じゃあ、それで」


ハルノは、いつもより手を動かす。


あれも入れる。

これも足す。


“良くしよう”としている。


「はい」


差し出す。


客は受け取る。


そして——


一口、食べる。


「……あ、はい」


ほんのわずかな、間。


笑っている。

だが、どこか引っかかる。


ハルノは、その違和感を感じ取った。


——何か違うな。


次の客。


「おすすめ、あるけど」


また同じように声をかける。


「え、あ……普通でいいです」


即答だった。


ハルノの手が、一瞬止まる。


「……そうか」


いつものように作る。


差し出す。


客は、安心したように受け取った。


——今の反応はなんだ。


声が問う。


ハルノは、黙ったまま次の準備をする。


昼のピークが過ぎたころ。


店の前は、また静かになった。


ハルノは、カウンターにもたれて小さく息を吐く。


「……やりすぎたか」


——気づいたか。


「ああ」


短く答える。


“良くしよう”とした。


だがそれは——


“変えなくていいもの”まで変えていた。


ソースの量。

味のバランス。

距離感。


すべてが、少しずつズレていた。


「……押しつけてたな」


自分の中の“いい”を、そのまま出していた。


だが客は——


それを求めていない。


求めていたのは、昨日と同じ。


変わらない安心。


そのときだった。


「……あ」


振り向くと、あの少年が立っていた。


いつもの場所。

いつもの距離。


ハルノは、少しだけ迷った。


——どうする。


声が問う。


ハルノは、ゆっくりと息を吐いた。


そして——


「今日は?」


いつも通り、そう言った。


余計な言葉はつけない。


少年は、少しだけ考えてから言う。


「……甘口」


同じ答え。


ハルノは、うなずく。


「わかった」


肉を削ぐ。


今度は——何も足さない。


何も引かない。


昨日と同じように。


ただ、丁寧に。


「はい」


差し出す。


少年は受け取る。


そして、一口。


「……これ」


小さく、つぶやく。


ハルノは、静かに聞いている。


「これでいい」


その一言だった。


——それだ。


声が、静かに響く。


ハルノは、わずかに目を閉じた。


「ああ……これでいいんだな」


“足すこと”が正解とは限らない。


“変えないこと”を守るほうが、難しい。


少年は、いつも通り食べ終える。


「また来る」


自然な声。


ハルノは、うなずいた。


「……待ってる」


短く、それだけ。


少年は去っていく。


ハルノは、ゆっくりと空を見上げた。


昼の光は、少しだけ柔らかくなっている。


「……欲が出たな」


——悪くはない。


「……でも、まだ早いな」


ハルノは、静かに笑った。


ソレアの前に、また風が吹く。


ソースの香りは、いつもと同じだった。

何も起きないことと、ずれ

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