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3章 また来る理由

ポースを通じて全て感じろ

午後の光が、ゆっくりと角度を変えていく。


ソレアの前を通る人の影も、少しだけ長くなっていた。


ハルノは、いつも通りカウンターに立っている。


肉は回っている。

音も、匂いも、昨日と変わらない。


だが——


「……来ないな」


ぽつりと、こぼれる。


今日はまだ、あの少年は来ていない。


——毎日来る理由はない。


頭の中の声が、静かに言う。


「……まあ、そうだな」


わかっている。


昨日来たからといって、今日も来るとは限らない。

そんな保証は、どこにもない。


それでも——


ほんの少しだけ、待っている自分がいた。


通りの奥に目をやる。


人は流れている。

だが、止まらない。


隣の店からは、明るい声が響く。


「安いよー!うまいよー!」


軽やかな呼び込み。

笑い声。


自然と人が集まっている。


ハルノは、その様子を横目で見た。


「……強いな」


正直な感想だった。


わかりやすい。

楽しそう。


理由がなくても、なんとなく寄りたくなる。


それに比べて——


自分の店は、静かすぎる。


呼び込みもしない。

特別な演出もない。


ただ、ここにあるだけ。


——それでいいのか?


声が問う。


ハルノは、少しだけ考えた。


「……どうだろうな」


答えは、まだ出ない。


そのときだった。


「……あ」


聞き覚えのある声。


顔を上げると、あの少年が立っていた。


少し息を切らしている。


走ってきたのかもしれない。


「今日は?」


ハルノは、自然に声をかけた。


少年は、少しだけ笑って言う。


「……甘口」


また同じだ。


ハルノは、わずかに目を細める。


「わかった」


肉を削ぐ。


手は迷わない。


昨日と同じ厚さ。

同じリズム。


パンに挟み、ソースをかける。


量も、位置も、変えない。


——変えなくていいのか?


声が、また問う。


ハルノは、小さく息を吐いた。


「……いいんだよ」


そのまま、仕上げる。


「はい」


差し出すと、少年はすぐに受け取った。


迷いがない。


一口、かぶりつく。


そして——


「……やっぱこれだ」


ぽつりと、こぼれた。


ハルノの手が、わずかに止まる。


「……これ?」


少年は、うなずく。


「昨日と同じ味」


それだけ言って、また食べ始める。


ハルノは、何も言わずにその様子を見ていた。


昨日と同じ。


それは、退屈なことだと思っていた。

変わらないことは、弱さだと思っていた。


だが——


違うのかもしれない。


——気づいたな。


声が、静かに言う。


「ああ」


ハルノは、うなずいた。


人は、新しいものだけを求めているわけじゃない。


変わらないもの。

知っているもの。


そこに、安心する。


「……来る理由ってのは」


小さくつぶやく。


——なんだ。


「大したもんじゃないのかもな」


少年は、食べ終わると顔を上げた。


「また来る」


昨日と同じ言葉。


だが、その響きはもう違う。


約束ではない。


“選択”だ。


ハルノは、ほんの少しだけ笑った。


「……ああ」


短く、それだけ返す。


少年は、軽く手を振って去っていく。


その背中は、迷いがなかった。


ハルノは、ゆっくりと視線を戻す。


回り続ける肉。

変わらない景色。


だが——


見え方は、変わっていた。


「……これでいい」


はっきりと、そう言えた。


派手じゃなくていい。


強く見えなくてもいい。


ただ——


同じであること。


それを、丁寧に守ること。


——それが、お前のやり方だ。


「ああ」


ハルノは、静かにうなずいた。


ソレアの前に、風が吹く。


ソースの香りが、やわらかく広がる。


人の流れは、相変わらず早い。


それでも——


立ち止まる者は、確かにいる。


「……待ってる」


誰にともなく、そうつぶやいた。


その声は、もう迷っていなかった。

変えない価値

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