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2章 初めての一口

ポースを通じて全てを感じろ

昼下がりの商店街は、どこか気の抜けた空気に包まれていた。


アスファルトの照り返しと、遠くの車の音。

その中で、ゆっくりと回る肉だけが、一定のリズムで時間を刻んでいる。


ハルノは、今日もソレアのカウンターに立っていた。


包丁を入れ、削ぎ落とし、パンに挟む。

その一連の動きは、昨日と変わらない。


——だが。


「……来るかな」


ぽつりと、こぼれる。


昨日の少年。

特別なやり取りをしたわけではない。


ただ、「また来る」と言っただけ。


それだけなのに、妙に頭に残っている。


——気にしすぎだ。


頭の中の声は、冷静だった。


「……かもな」


そう答えながらも、視線は通りの奥へ向いている。


そのときだった。


小さな影が、ゆっくりと近づいてくる。


ランドセル。

少し汗ばんだ額。


昨日と同じ、少しだけ遠慮がちな歩き方。


——来た。


ハルノは、何も言わずに姿勢を整えた。


「……あの」


少年が立ち止まる。


ほんの一瞬の沈黙。


ハルノは、その間を埋めるように口を開いた。


「今日は?」


昨日と同じ言葉。

だが、少しだけ柔らかい。


少年は、少し考えてから言った。


「……甘口で」


その一言に、ハルノはわずかに目を細める。


——辛口じゃないのか。


昨日は、少し無理をしていたのかもしれない。

背伸びをしていたのかもしれない。


「わかった」


短く答え、肉を削ぐ。


今日は、少しだけ細かく。

そして、少しだけ丁寧に。


ソースをかける手も、自然と慎重になる。


多すぎず、少なすぎず。


——ちょうどいいところ。


「はい」


差し出すと、少年は両手で受け取った。


その仕草が、昨日よりも自然だった。


一口。


ゆっくりとかぶりつく。


その瞬間——ほんの少しだけ、表情がゆるんだ。


大きな変化ではない。

誰かが見れば、見逃すかもしれないほどのもの。


だがハルノは、それをはっきりと感じ取った。


——今の、なんだ。


頭の中の声が、静かに問いかける。


——それだ。


「……それ?」


——安心だ。


ハルノは、少年を見る。


少年は何も言わずに、もう一口食べている。


急ぐでもなく、比べるでもなく。

ただ、そこにいる。


「……そうか」


ハルノは、小さく息を吐いた。


昨日は、“うまいかどうか”ばかり考えていた。


だが違う。


この少年が求めているのは——


“安心して食べられること”。


「……また来る?」


気づけば、口に出ていた。


少年は顔を上げて、うなずく。


「うん」


短い言葉。


でもそれは、昨日よりもずっと軽くて自然だった。


ハルノは、静かにうなずく。


「……待ってる」


少年は、食べ終わると小さく手を振って去っていった。


その背中を見送りながら、ハルノは目を閉じる。


——見えたか。


「ああ……少しだけな」


目を開ける。


回り続ける肉。

変わらない景色。


だが、どこか違って見えた。


「……これが、“ポース”か」


誰に聞かせるでもなく、そうつぶやく。


静かな商店街に、風が通り抜ける。


ソースの香りを、やわらかく揺らしながら。

「安心=ポース」という核が生まれた。

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