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1章 回る肉と、見えない力

ポースを通じて全てを感じろ

昼下がりの商店街は、どこか気の抜けた空気に包まれていた。


人通りはある。ゼロではない。

だが、賑わいとは言い難い。


そんな通りの端に、小さなケバブ屋「ソレア」はあった。

赤い看板、簡素なカウンター、そしてゆっくりと回る巨大な肉の塊。


じゅう……じゅう……


肉が焼ける音だけが、妙に存在感を放っている。


店主のハルノは、腕を組みながらそれを眺めていた。


「……暇だな」


ぽつりとこぼれた言葉は、煙と一緒に空へ消えていく。


開店して一週間。

まだ「軌道に乗った」とは言えない。


正直に言えば——不安だった。


(このままで大丈夫なのか……?)


考えれば考えるほど、頭の中がざわつく。


そのときだった。


「暇とは、準備が整っていない者の思い込みだ」


「……は?」


思わず声が出た。


振り返る。


誰もいない。


通りを見ても、店の裏を見ても、人影はない。


(気のせいか……?)


だが、妙にその言葉が頭に残った。


準備が整っていない?

何が足りないというのか。


答えは出ないまま、時間だけが過ぎていく。


午後三時。


日差しが少しだけ傾き始めた頃、一人の少年が店の前で立ち止まった。


小柄で、少しだけ緊張したような顔。


こちらを見ている。

でも、入ってこない。


(客……だよな)


声をかけるべきか。

それとも、待つべきか。


迷う。


その瞬間、またあの声。


「見ろ。客ではなく“迷い”を」


「……!」


ハルノは、少年の動きをじっと観察した。


財布に手をやる。

メニューを見る。

また目をそらす。


(ああ……)


(買うかどうかじゃなくて、迷ってるのか)


一歩、前に出る。


「辛いの、苦手?」


少年の動きが止まる。


ゆっくりと顔を上げた。


「……うん」


小さな声。


でも、確かに届いた。


「じゃあ、甘口あるよ。ちょっと味見してみる?」


しばらくの沈黙。


やがて——こくり、と小さくうなずいた。


その一瞬で、空気が変わった気がした。


売れたわけじゃない。

でも、“つながった”。


ハルノはその感覚を、少しだけ不思議に思った。


次の日。


店先に、一枚の手書きの紙が増えた。


「はじめての人、試食OK」


たったそれだけ。


でも、立ち止まる人が少し増えた。


「いいんですか?」

「ちょっとだけなら……」


そんなやり取りが、ぽつぽつと生まれる。


肉を削る。

パンに詰める。

ソースをかける。


忙しいとは言えない。

けれど、昨日より確実に動いている。


「それが“引き出し”だ」


また、あの声。


「……ほんと何なんだよ」


苦笑しながらも、否定はできなかった。


確かに、昨日より一歩進んでいる。


だが、うまくいかない日もあった。


雨。


人通りは激減。


ケバブはほとんど売れない。


「……ダメだな」


シャッターの半分を見ながら、つぶやく。


不安が、また顔を出す。


(やっぱり向いてないのかもしれない……)


そのとき、声は少し強く響いた。


「一日で判断するな」


「……」


「肉はすぐには焼けない。だが、確実に火は通る」


ハルノは無言で、回る肉を見つめた。


外側はこんがりと焼けている。

内側はまだ赤い。


でも、確実に変わっている。


じわじわと。


確実に。


数日後。


あの少年が、また現れた。


「……今日も甘口?」


「……うん」


前よりも、少しだけ自然な声。


少しだけ、表情も柔らかい。


「昨日、友だちにも言った」


「お、ありがと」


それは、何気ない会話だった。


でも、その意味は大きかった。


次の日、その友だちが来た。

さらに次の日、そのまた友だちが来た。


少しずつ、輪が広がる。


派手ではない。

でも、確実に。


ある夕方。


店の前に、数人の列ができていた。


長蛇ではない。

写真を撮るほどでもない。


でも——最初の頃とは明らかに違う。


ハルノは、ふと手を止めた。


(ああ……)


ようやく、気づいた。


(自分は「売ること」ばかり考えてた)


(でも違う)


(“また来たい”って思ってもらうことだったんだ)


胸の奥が、少しだけ軽くなる。


その瞬間、あの声が優しく響いた。


「それが“理解”だ」


店を閉めた後。


静かな商店街。


煙も、音も、すべてが消えている。


ハルノは空を見上げた。


「……結局、誰なんだよ」


返事はない。


もう声は聞こえなかった。


でも、不思議と分かる気がした。


あの声は、特別な誰かではない。


迷ったときに、自分の中から浮かび上がる

“少しだけ冷静な視点”だったのかもしれない。


ふっと笑う。


店の中には、まだスパイスの香りが残っている。


そして、あの少年の言葉。


「ここ、好き」


それが、何より強く残っていた。


風が吹く。


ほんの少しだけ、あたたかい風だった。


「ポースは、常に共にある」


そんな気がした。

2章こうご期待

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