表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
85/90

真琴の嫉妬騒動!

 他国から派遣された女騎士は、とても真面目だった。構えは悪くないし、筋もいい。だが、力に頼る癖がある。


「肩の力を抜け」

「はいっ!」


 背後に立ち、手首を軽く支える。指示を出せば、すぐに飲み込み、何度でも繰り返す。悔しさを隠さず、強くなりたいとまっすぐに剣を振るう。


「違う。この場合は剣を振るのではなく、流す」


 細い指が緊張で固くなっている――真琴なら、どうだろう。


 そう思った瞬間、わずかに胸が温む。


 もし真琴が剣を持ったなら、きっと無茶はしない。力ではなく、考えるだろう。必死な顔で、真剣に私の言葉を聞いて剣を振る。


 ああ……見てみたい。


「肩に力が入っている」


 女騎士の背後に立ち、肩と腰に軽く触れて軸を正す。


「ここを意識しろ」


 距離は近い。必要だからだ。だが心は、微動だにしない。触れても、何も揺れない。真琴に触れるときの、あの熱は一切ない。


「副団長、今日は随分熱心ですね」


 傍で鍛錬している団員の囁きが耳に入るが、気にしない。


 女騎士が汗を滲ませながら踏み込む。


「違う。足の運びが遅い」


 手を添え、腰の位置を修正する。


「近い……っ」


 女騎士が息を詰める。


「戦場で距離を気にするな」


 淡々と告げる。内心は冷静だ。私は、真琴以外に欲情しない。触れても、何も揺れない。


 ――だが。


(これを見たら、真琴はどう思うだろうな)


 ほんの少しだけ、意地の悪い考えがよぎる。


 訓練の休憩時には、団員たちが明らかにざわついていた。


「副団長、本気ですね」

「距離近すぎません?」

「噂になりますよ」


(――真琴が知ったら、どうするだろうな)


 嫉妬するだろうか。拗ねるだろうか。「リオンは僕のだ」と言うだろうか。


 それを思っただけで、胸の奥がわずかに熱を持つ。私は黙って指導を続けた。噂が広がるのを、あえて止めなかった。


***

 お昼休憩を使って店に来ていた団員たちが、噂話をしていた。


「団長命令で副団長が、他国の女騎士殿に剣技を直々に指導しているらしい」


 最初は、誇らしかった。だってリオンは王国最強だ。その技を学びたいと言われるのは当然で、団長命令ならなおさらだ。


 ……でも。


「手を添えて、構えを直してやっていたそうですよ」


 その一言で、胸の奥がきゅっと縮む。


 手を添えて? どこに? どのくらい近く? どんな顔で?


 想像が勝手に膨らむ。仕事中のリオンは、感情をあまり表に出さない。だからこそ、余計に怖い。


 もし相手が美しくて強くて、彼と並んでも違和感のない人だったら?


 僕は、ただの一般人で菓子職人だ。剣も魔力も持たない。


(何か……嫌だ)


 気づいたときには、爪が手のひらに食い込んでいた。


***

 扉が開く音で、彼が帰ってきたのが分かった。


「ただいま」


 いつも通りの、低くて落ち着いた声。僕は椅子から立ち上がる。


「……おかえりなさい」


 視線が合う。青い瞳は変わらない。いつもと同じ。なのに、胸がざわつく。


「疲れているのか?」

「ううん」


 嘘をついた。正直とても疲れている。嫌な妄想が進んでしまい、ずっと考え込んでいたせい。


 リオンが外套を脱ぐ。腕が動くたび、今日その腕が誰かの背に回ったのかと考えてしまう。


 どうにも耐えられなくなって、口に出た。


「……今日、女騎士の方に剣技を教えたんですよね」


 リオンが瞬きをする。


「ああ、団長命令だ」

「……手を添えて?」


 ほんのわずかに、形のいい眉が動いた。


「基本姿勢の矯正だ。効率がいい」

「距離、近かった?」

「近いが指導の範囲内だ」


 リオンは正直に答えてくれた。その一言で、胸がきゅうっと締まる。


「そうなんだ、ふぅん」


 分かってる、分かってるのに。


「……嫌だ」


 小さくこぼれた本音に、リオンの気配がすっと変わる。


「真琴?」

「分かってるよ、仕事だって。でも……」


 思いきって顔を上げる。頬が熱くてたまらない。


「リオンは、僕のだもん」


 言った瞬間、顔だけじゃなく体も熱くなる。まるで子供みたいだ。独占欲なんて、みっともない。でも、止められなかった。


 リオンは、しばらく黙って僕を見つめたあと一歩近づく。


「私は真琴のだ」


 低い声を聞くだけで胸が跳ねる。


「王国にも忠誠は誓っているが」

「……うん」

「最優先は、君だ」


 真っ直ぐな目。嘘も迷いもない。それでも、胸のもやもやは消えない。だから――僕は彼の胸元を掴んだ。


「だったら……証明して」


 ほんの少し震えた声で告げると、リオンの手が僕の頬に触れる。


 優しくて熱い熱を感じた瞬間、唇が重なった。深く、確かめるように息が混ざる。彼の体温が、鼓動が、全部伝わってくる。


 僕は負けじと、彼の首に腕を回す。逃がさないように。


「リオンは、僕の」


 唇が離れた瞬間、そう囁いて、もう一度キスをする。今度は僕から。強く、熱く。彼の指が背に回る。


「……嫉妬か」

「悪い?」

「いや」


 わずかに口元が緩む。


「嬉しい」


 ずるい。そんな顔、僕にしか見せないくせに。


 リオンの胸に顔を埋める。鼻腔から彼の香りが入ってきて、イライラしていた気持ちが幾分落ち着いた。


「リオン。他の人に、あんなふうに触らないで」

「必要以上には触れない」

「必要も最小限で」

「分かった、努力する」


 少しだけ笑う。


「団長命令でも?」

「君が嫌がるなら、交渉する」


 僕のお願いを聞いてくれたリオンの声は、本気だった。


(ああ、もう。だから僕はリオンから離れられない!)


「……そこまでしなくていいよ」


 僕は笑いながら顔を上げる。


「でも帰ってきたら、ちゃんと僕に触れて」


 リオンの蒼い目が、柔らかく細まる。


「毎日でも」


 また、キス。今度はゆっくり。甘く、深く。他国の女騎士なんて、どうでもよくなるくらい。


 彼の腕の中で、ようやく安心する。


(――大丈夫。この人は、僕を最優先にしてくれる。だからきっと――)


 多少近くで剣を教えたくらいでは、揺らがない。


「……明日はもっと早く帰ってきて」

「努力する」


 王国最強の騎士は、今日も真琴には勝てない。そして僕は、少しだけ意地悪く思う。


(リオンは、僕のだ!)


 他国の誰にも、渡さない。


 その夜。嫉妬の熱を全部塗り替えるように、何度も確かめ合ったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ