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第八話 伝わる言葉、伝わらない意思

消毒液の匂いが充満する部屋の白くて硬いベッド。そこにあたしは横たわっていた。まだ抜けきらない魔力回復ポーションの苦味を、無理矢理水で流し込む。


「迷惑かけたな、先生」


出てきた声は、わずかにかすれていた。


少し離れた椅子にヘンリーが座っている。その姿を首を動かさず視線だけで見た。


「構わない。……今は、休め」


ヘンリーは書類に目を落としたまま淡々と答える。だがその声は前よりも柔らかい。


……こいつ、不器用なやつだな。


前まではイラついて仕方なかったそれが、今は何故か嫌じゃなかった。


 どこまでも静かな空間。――そこに響く、急な足音。


ドタドタドタドタッッ!!


外からとんでもないボリュームの足音が響いてくる。それはだんだんと大きくなり、凄まじい速度でこちらへ近づいてくる。


「姉さん!!」


扉を壊さんばかりの勢いで開け、部屋の中に入ってくるガブリエル。青ざめ鬼気迫るその顔も、今やすっかり見慣れたものだ。


「やっぱりお前か」


来るだろうとは思ってたが、いくらなんでも早すぎんだろ。まだ着いてから5分も経ってねぇよGPSでもつけてんのか?


ガブリエルはベッドへ駆け寄り、私の顔を見ながらわなわなと震える。


「あぁ、だから嫌だったんだ……こんな顔色が悪くなって……」


私の顔に触れそうで触れない位置で、ガブリエルの手がプルプルと震えている。


「いや過保護か。その行き場のない手どうしたいんだよ邪魔くせぇ」


……別に、気になるなら触りゃ良いのに。


ガブリエルはキッと目つきを鋭くして、ヘンリーを睨みつけた。


「ヘンリー、何でこんな事になってんだ。ただの訓練のはずだろ」


ヘンリーはガブリエルを見ることなく書類を記入し続ける。


「ジュリは兵士だ。守られるだけの立場ではない」


「姉さんは公爵令嬢だぞ? しかもよりによって魔力が不安定になる満月の日に無理させるなんて何考えてるんだ! そもそもこんな風に傷つく必要なんてないだろ……!」


「本人が選んだことだろう」


表情を変えないヘンリーに、ガブリエルはますますヒートアップしていく。


「姉さんはか弱い淑女なんだよ! なのに、なんで……昔みたいに、俺に守られてるだけで良かったのに……」


ガブリエルはがくりと床に膝をつき、あたしの顔を見上げる。


こいつ本当にブレねぇな……。


ため息をつき、反論しようと喉に力を入れる。


「俺に一撃入れたやつを、俺はか弱いとは思わない。ジュリは強い兵士だ」


しかしあたしの声よりも早く、ヘンリーの声がガブリエルに向けられた。


ガブリエルは目を見開き、体を揺らす。


「姉さんが、ヘンリーに……?」


余程衝撃的だったのかガブリエルはそれだけ言って黙り込む。口元を抑える手が忙しなく肌を撫でていた。


「そういう事だ。あたしは弱くねぇ。勝手に決めつけんな」


「だが……」


ガブリエルは瞳を揺らし食い下がる。心配なのはわかるが、これじゃ埒があかねぇ。


「お前も遠征に参加すればいい」


ポツリと、ヘンリーがそうこぼした。


「なるほどな。そうすればあたしが危険になってもガブリエルがすぐに助けられるし、あたしの実力も測れるわけだ」


ガブリエルは国内一の弓使い。戦力としても申し分ねぇ。

 

……この状況を上手く使って戦力増強を図ったわけか。食えねぇ野郎だ。


ガブリエルは視線を落としてしばらく迷ってから、ぐっと唇を噛む


「わかった。姉さんは俺が守る。魔物には指一本触れさせない」


「いやそれじゃ攻撃できねぇだろ」


あたしの武器ナックルダスターだぞ。何考えてんだこいつ。


「姉さんが拳で戦うなんて俺は認めない。なんで俺と同じ弓にしなかったんだ。そうすれば俺が教えられたのに……!」


「弓むずいんだよ。あんなん一朝一夕で身につけられるスキルじゃねぇだろ」


「それはそうだが……」


「むしろよくダメージ当てられんな。あたしもお前みたいに才能がありゃ、違ったかもしれねぇけどさ」


ダチに勧められて弓を持ったこともある。だが、何度やっても当たりゃしねぇ。そもそもあたしには無理だ。


ガブリエルはそれを聞くと顔を赤くして、こちらを呆然と見つめている。その瞳はあたしを見つめているはずなのに、どこか焦点があっていない。


「……ガブリエル?」


「えっ、あっ、いや……俺が、この力で姉さんを守る。だから、安心してくれ」


ガブリエルはふっと目をそらし、そう宣言した。


てかまだ守るとか言ってんのかこいつ。いやゲームのルートでどんだけ強くなっても『俺が守る』ばっか言ってたからガブリエルらしいっちゃらしいけど。


あたしははぁ、と息を吐いてからガブリエルをじっと見る。


「守るんじゃなくて一緒に戦ってくれよ。あたしはそっちの方がいい」


後方支援がいるのは心強い。こいつならあたしの動きを邪魔せずサポートできるだろう。


きたる遠征の日を思い描き、前をひたと見据える。


あたしはここで証明してみせる。

あたしは守られるだけのか弱い令嬢じゃねぇんだって。


ノア様の隣に相応しい、強い女なんだと。

お読みいただきありがとうございます!

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