第七話 最強の男を穿つ一撃
目の前に立つ訓練用の模擬剣を構えたヘンリー。その目に捉えられるだけで体が鉛の様に重くなる。
プレッシャーの掛け方えげつねぇな。なんで視線だけでこんな風に出来んだよ。
「では、模擬戦闘を始める。合格した場合、遠征への同行を許可しよう」
ヘンリーの声は、今日も変わらず無感情だ。
1ヶ月一緒に訓練したが、結局こいつの事はよくわからない。
だがその間に体幹も鍛えられたし、魔法での身体強化も扱える様になった。
ゆっくりと息を吐いてから、ぼそりと唱える。
「身体強化」
その言葉と共に体の中から何かが抜けた。体が軽くなり、周囲の速度が遅くなる。
足にグッと力を入れると、ズズズッと、地面がえぐれる音がした。
風を切る音が聞こえてくるほど、凄まじい勢いで迫るヘンリーの姿。
その姿に、あたしはにっと口角を上げる。
その余裕の表情、崩してやるよ。
視線を左脇腹に持っていき体を左に捻る。ヘンリーはそれに反応して剣を左側へ傾け右に回避しようとした。
かかったな。
あたしはそのままーーー右足をヘンリーの膝目掛けて振り抜いた。
しかしヘンリーは特に表情を変えることもなく剣を切り返す。勢いよく弾かれたあたしの足は、反動で大きく上方へと舞い上がった。
「っ……!」
その力に合わせ空中でくるりと回転し後方へ退く。
弾かれただけのはずなのに、ジンジンと膝が痛んだ。
なんで、今ので切り返せるんだよ……!
「フェイントはいいが重さが足りない。それでは体勢を崩す」
冷静に分析し再び剣を構え直すヘンリー。
あたしなんて敵でもないと、そう言われている様な気がして。
その態度が、ひどく癪に触った。
ぜってぇ潰してやる。
今度はより早く、鋭く正面から連撃を放つ。しかしそれは全て防がれ金属の弾ける音だけが広場に響き渡った。
クソが……!
肩で息をして、思考を、魔力を巡らせる。もっと、早く。もっと、重く。一撃一撃に、覚悟を込めて打ち込み続ける。
しかしヘンリーはそれすらも容易くさばいた。息を切らすこともなく淡々と作業の様にこなすその姿。
それがムカついて仕方なかった。
もっと、もっとだ!! せめて一撃、叩き込んでやる!
息が苦しい、心臓が痛い、体が重い。だがそんなことはどうでも良かった。あたしは強くなったと、ここで証明しなければいけないのだから。
ただ殴るだけだと勝てねぇ。ここで、仕掛けるしかない!
「おらぁあああ!!」
空気が震えるほどの絶叫。それとともに放たれる右腕。
体勢を低くし腹部を狙った一撃。だがその速度は先ほどまでより遅い。ヘンリーはわずかに眉をひそめてからそれを弾こうと剣を振る。
ーーーいける!!
その瞬間腕にぐっと力をこめ拳を加速させる。紫色の目が見開かれるよりも早く、ナックルダスターがヘンリーの鳩尾に食い込んだ。
「っしゃあ!」
ぐらりと体を揺らすヘンリー。その顔が痛みで歪んだのをみて、ぞくりと背筋に鋭い高揚感が走る。
やるなら今しかねぇ。
微かに見えた勝機を逃すまいと、追撃するため左足で地面を蹴った。
刹那ーーー支えにしていた右膝からがくりと力が抜け、世界がぐるりと回転する。
……は?
暗転する視界、響く耳鳴り。
どさりと遠くに聞こえる音と、全身を襲う衝撃。
なんだよ……これ……。
動かねぇと、まだ戦闘は終わってねぇ。
そう思っているのに力が入らない。頭が、クラクラする。
「魔力切れだな。やりすぎだ」
なんだよ、それ
そう聞き返そうとしても、喉に力が入らない。
ヘンリーはあたしのそばにすっとしゃがみ、こちらへ向かって手を伸ばす。
ふわりと体が浮く感覚がした。
「医務室へ連れていく。大人しくしていろ」
次の瞬間、ヘンリーの顔が近くに見えた。自分とは違う太い腕が私の体を支えていて。
やめろ、おろせ。あたしはこんな風にされる様な弱い人間じゃねぇ。
そう言いたかったのに、喉が詰まって言葉が出てこない。
こんな情けねぇ状況なのに悪い気分じゃない。そんな風に思ってしまう自分が、気持ち悪くて仕方なかった。
ヘンリーはそんなあたしとは対照的に涼しい顔で歩き続ける。そして視線を合わせることもなく、ゆっくりと口を開いた。
「試験は合格だ。よくやった」
短く聞こえてきた声は、普段よりも柔らかくて。
「魔力量は今後把握すればいい。俺に一撃入れられる兵士は中々いない」
普段ならば口にしない様な私を称賛する言葉。魔力も気力も尽きた体に、じんわりとその言葉が沁みていく。
「……お前は強い」
ヘンリーはそれだけ言うと、また固く口を閉ざした。しかしその顔は普段よりどこか穏やかで。
悪くねぇかもしれないと、そう、思っちまったんだ。
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