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第六十一話

 窓から見えるどんよりとした空と暗い廊下。建物の一番奥にある、ほとんど使われない第四会議室。ジュリアンナはそこに向かう道をただ一人歩いていた。


 一週間経っても、誰も中身が変わったことに気がつかねぇ。……当然だ。ジュリアンナからあたしになった時も、誰一人として疑わなかったんだから。


 ぼーっと流れていく景色を見ていると、不意に動きが止まる。どうやら会議室に着いたらしい。


 コンコンコン


 扉を叩く軽快な音。だが、中から返事はない。

 ゆっくりと扉を開けるジュリアンナ。


「何……これ……」


 その視界に入る――赤黒い何かで描かれた、床を埋める魔法陣みてぇな何か。


 それを認識したと同時に、世界が揺れた。


「きゃっ……!」


 前方へぐらつく視界。近づく床。どさりと何かがおちる。それに混ざってガチャリという金属のはまる音がした。


「うっ……!」


 床に押し付けられた顔。そこから視界が動かない。


「……暴れるな。すぐに終わる」


 聞いたことがないほど抑圧された、淡々とした低い声。


「先生……! なんのつもりだっ……!」


「お前が知る必要はない。……俺は、ジュリに用があるんだ」


「は……?」


 目の前にポタリと赤いものが垂れる。水よりわずかに粘度を持ったそれに、ジュリアンナの喉がひゅっと短く鳴るのが聞こえた。


「器を形作れ。歪んだ魂を救済し、あるべき形へ別れよ」


 エコーがかかったように響くヘンリーの声。それに応えるように魔法陣が赤く光り――頭が割れるような強い衝撃が、あたしを襲う。


「Soul Severance」


 その一言が、世界を砕いた。


「あぁあ゙っ……」


「い゙っ……!」


 部屋に響く二つの呻き声。割れるように痛む頭を、あたしは両手で抱え――抱え……て、る……?


「ジュリ……!」


 "あたし"を抱き起こすヘンリー。久々の触覚に、ぴくりと体が跳ねる。


「なん……で……?」


 喉の筋肉が金属のように固まって満足に声が出ない。ヘンリーはかすれた言葉に目を細め、そっとあたしの顔にかかった髪をはらう。


 いつくしむような指先の動きが、あたしの心を安心感で満たしていく。


「無理して話さなくていい。……図書室の本を解読した。抜けていたページの前に、魂を憑依させる術に関して書かれていたんだ」


 図書室の本……? あの、英語で書かれたやつか……?


「そしてそれにはとある術に関しての記述があった。……憑依した魂を二人に分離させる術について、な」


 分離の術……?

 信じがたいその事実。だがあたしをつつむヘンリーの腕の温もりが、痛む頭がそれが現実なんだと教えていた。


「ぅっ……! そん、な……!」


 聞こえてきた声に、冷や水でもかけられたかのように身体中の筋肉がこわばる。

 辛うじて目だけを動かして、声の方へ向けた目線の先――そこには床に這いつくばったジュリアンナの姿が見えて。


「……すまない、ジュリ。少し離れる」


 ヘンリーはそういって、あたしを床へと下ろす。


 その目は、ぞくりとするほど冷たかった。


 そのままやつはジュリアンナの元へ歩み寄り、その姿を見下ろす。背を向けたその顔を見ることはできない。だが恐怖に歪むジュリアンナの顔が、それを容易に想像させた。


「お前に聞く事がある。どうやってあのページを手に入れた」


「っ……!」


 目を見開くジュリアンナ。やつはぐっと唇を噛み、視線を逸らす。


「辺境伯家に出入りできる人間は限られている。誰の差金だ」


「全部っ……私が、一人で……した事で――」


 ジュリアンナの声を遮るように……ヘンリーは、カチャリと剣を抜く。


「っ……! 何、するつもりだっ……!」


 あたしの声を受け、ゆっくりとこちらを見るヘンリー。どこまでも薄暗いその瞳に、ぞわりと胸の奥が粟立つ。


「答える気がないのならその気にさせるだけだ」


 ヘンリーは剣を構え、きっさきをジュリアンナへと向けた。


「やめろっ……!」

 

 部屋に響くあたしの声。それでもヘンリーが止まることはない。鋭い剣先だけが、薄暗い部屋で鈍く光った。

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