表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

65/69

第五十九話

 ぷつりと、何かが切れた気がした。水の中に突き落とされ、奥底に沈んだような不思議な感覚。


 音は聞こえるのに、どこか遠く感じられる。視界も変わらないのに、まるで膜を通しているかのような違和感があった。


 (なんだ……これ……?)


 そう言おうとしても、声が発せない。触覚も嗅覚もまるで消え失せたみてぇだった。


 ノア様の手を取り、抱き寄せる"何か"。愛を囁く、あたしのものだったはずの声。


 それとともに流れ込んでくる――ジュリアンナの記憶の断片。


 (……っ!)


 女としてのあるべき姿縛られる苦悩

 ノア様に選ばれなければという焦燥

 ガブリエルにむけた感情の否定

 そして、禁術への恐怖と葛藤と……希望。


 脳が焼き切れそうな程の感情。流れ込んでくるものに、脳が侵されていく。


 全部、仕組まれてたのか……?


 想像もしていなかったその事実。落ち着きたくても、息を吐くことも、舌を打つこともできなくて。


 ジュリアンナの行動が映画みてぇに流れていく。あたしにできるのは、ただそれを見ることだけだった。


 *   *


 あれからだいぶ経ったな。なんとか落ち着いてきたが……どうなってんだよ、これ。


 ジュリアンナはあの後ノア様と別れ、辺境警備隊の宿舎へ向かっていた。


 話し方も、癖も。あたしそっくりに寄せてやがる。ノア様もエイダも気付いてねぇ。状況が悪すぎる。


 どうにかして、表にでられねぇのか……?


「……ジュリ。話は終わったのか?」


 背中に投げられた聞きなれた低音に、どきりと鼓動が跳ねた気がした。


 ジュリアンナはくるりと振り向く。その視界に入ったこちらへ歩いてくるヘンリーの姿。その表情はひどく強張っている気がして。


「先生! あぁ、無事にな。ノア様に選んでもらえた」


 ジュリアンナがそう答えても、ヘンリーはただ押し黙っている。

 

「なんだよ、そんなにこっち見て」


「お前は……誰だ?」


 びくりと、視界が跳ねた。


「何言ってんだよ、先生。半年も一緒にいたのにそれはねぇだろ」


 ……まさか、気付いたのか?


 見た目も、声も全く同じ。わかるはずなんてねぇ。だけど、ヘンリーなら……あたしを一番に見てくれたこいつなら。


 (ヘンリー……気付いてくれ……! こいつはあたしじゃない。ジュリアンナなんだ……!)


 心の中でそう叫ぶ。聞こえないことはわかってる。でも、そうせずにはいられなかった。

 

 探るようなヘンリーの視線がジュリアンナに突き刺さる。しばしの沈黙のあと、ヘンリーは軽く息を吐いた。


「……そうか」


 ヘンリーは静かにそういって、目を逸らす。


 ……まあ、そうだよな。ジュリアンナだって見破るなんて無理だ。そう、わかってるのに。


 あたしは流れる会話を、呆然と聴くことしかできなかった。


「何変なこと言ってんだよ、先生」


「すまない。少し、気になってな。……今後の方針に関して、一週間後ルーバンを交えて話したい。時間はあるか?」


「あぁ、かまわねぇよ。だが、辺境領の防御魔法はほぼ完成したろ? それにあたしが王妃になったら、今後関われることもほぼねぇと思うが」


 あたしなら絶対言わないセリフだな。王妃になったらむしろ仕事増えんだろ。ここで、気付いてくれねぇかな……。


「復興に関して、まだ話さなければいけないことがある。今後王妃になるにしても知っておいた方がいいだろう」


 淡々と答えるヘンリー。淡い期待が、打ち砕かれていく。


「……それもそうだな」


「では七日後の12時に、警備隊庁舎の第四会議室に来てくれ」


「先生の執務室じゃなくていいのか?」


「……あぁ。そちらの方が、都合がいい」


「わかった。……じゃあ、またな」


 ジュリアンナはそのままヘンリーに背を向け歩き出す。


 ……このまま誰にも気づかれず、こいつの人生を眺め続けるしかねぇのかよ。


 そんな絶望が、延々と胸の中で渦巻いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ