第五十八話 ノア視点
ゆっくりと手を伸ばすジュリ。その瞳が……一瞬、怪しく光った気がした。
それと同時に彼女の手がぴくりと跳ねる。
「ジュリ……?」
「……なんでもねぇ」
ジュリはまるで何かを誤魔化すかのように口角をあげ、にっと微笑んで――私の事を、強く、強く抱き寄せた。
「ジュリ……!?」
ふわりと香るくらくらするほど甘い匂い。うるさい心臓と、熱いほおが私の思考を奪っていく。
い、今までも積極的だとは思っていましたが、まさかこんな……い、いえ、嫌なわけでは、ない、のですが。でも、エイダの前で……!?
混乱する私をおいて、ジュリは耳元で甘く囁く。
「あたしが好きなのは最初からお前だけだよ、ノア様。お前が欲しくてたまらなかった。……そのままでいてくれれいい。ただ、あたしの隣にいるだけで、な」
どこまでも甘美なセリフに、声に、私はぴくりと体を揺らし……同時に、どこか違和感を感じる。
「なあ、ノア様。あたしを選ぶってことは――覚悟は、できてんだろうな?」
そんな違和感を整理する暇もなく、ジュリはさらに追い打ちをかけてくる。
「かっ、覚悟……ですか?」
「当然だろ? 結婚の報告、各種手続きも山ほどある。動くなら早いほうがいい」
「それは……そうですが……」
珍しく急かすような彼女の態度に私は呆気に取られる。
……いえ。私は一度心変わりしていますから、不安に思うのは当然でしょう。それならば出来るだけ早く彼女を安心させることが私なりの誠意かもしれません。
「わ……わかりました。早急に、手配します」
ジュリは満足げに微笑み、そのままそっと私の頬に口付ける。
「今度は逃がさねぇよ、ノア様」
ぞくりと背筋に電流が走るほど、獰猛なその言葉。嬉しいはずのそのセリフに、何故かぞわりと鳥肌が立つ。
なんでしょう……この、違和感は。
婚約者という関係にもどったから、きっとその差なんでしょう。そう言い聞かせようとしても何故か胸のざわめきが収まらない。
ちらりとジュリをみると彼女の緑色の瞳と目があって。どこか仄暗いそこから私はふっと目を逸らす。
その先に見えた私の体を抱き寄せる腕。それを彩るブレスレッド。そこについた紫の宝石が鈍く光っているのが妙に印象に残った。
ジュリは今まで一緒に歩んでいこうということが多かったのに、こんな迫り方をするなんて。
そんな疑問を抱えながら――私は、ただただ彼女の勢きにのまれることしかできなかった。




