第六話 訓練開始
爽やかな風がふきつける心地いい訓練広場。
燦々と照りつける日差し、青々とした新緑。
そしてあたり一面に広がる、目を回しぐったりと伸びた新兵。
「揃いも揃ってだらしねぇな。お前らそれでも兵士か?」
肩で息をしながら前髪をガッとかきあげる。
手ににつけた特注のナックルダスターが、太陽の光を反射してキラリと光った。
にしてもこの程度で息が上がるとはな。いくらなんでも体力無さすぎんだろ、この体。
「……本当に、戦闘経験がないのか?」
一連の戦闘を見たヘンリーは、まるで狐につままれたような間抜けな顔をしていた。
「んなことしたらガブリエルが大騒ぎしてるだろ。ここにくるまでも大変だったんだぞ」
結局、今朝もあいつは宿舎までやってきた。
口を開けばやれ『姉さんは女なんだから無理する必要はない』だの『戦って怪我でもしたらどうするんだ』だのと似たようなことばっかり言いやがる。
親にもこんなに過保護にされたことねぇよ。
……まあ、心配してるのはわかるし、それは嫌じゃねぇけどさ。
「確かにそうか」
ヘンリーは頷いてから、手元のメモに目を落とした。
てかあいつ近衛兵だろ。なんで辺境警備隊のヘンリーに肯定されてんだよ。
ヘンリーは眉間を抑える私を一瞥してから、淡々と口を開く。
「だが、その身のこなしと相手の動きの予測はとても素人のそれとは思えない」
つまり、なんでそこまで動けるのかってことか?
こいつ本当に言葉が足りねぇな。どうやって他の兵士とやりとりしてんだ?
大きくため息をついてガシガシと頭を掻く。
ここで『前世でタイマン張って相手をのしてたら自然と身につきました』なんて素直に答えるわけにもいかねぇ。なんて言ったもんかな。
「……相手の視線と人体の構造でどう動くかはだいたいわかんだろ」
動く時は相手の目線で次弾を予測することが多い。嘘は言ってねぇ。
それでもなんとなく気まずくて、あたしは一瞬視線を逸らす。
「ふむ……基礎はできている。だが体幹が弱い。鍛えるならばまずはそこだな」
ヘンリーは顎に手を当て、あたしを観察するように視線を這わせた。
「流石先生、よく分かってんな」
手足を振るたびに体幹がぶれるのは感じていた。体力もねぇし筋肉も足りねぇ。テクニックに身体がついてきてねぇのが自分でもわかる。
だがそれを側から見ているだけで指摘できるとは。やっぱり最強の名は伊達じゃない。
「武器はそのままでいいのか?」
あたしの手に向けられるヘンリーの視線。あたしはそれに応えるように胸の前で手を動かした。その度に硬いナックルダスターがカチカチと音を立て、手首についたブレスレッドがチカチカと光を反射する。
「これが性に合ってるからいい」
長物は苦手だ。どの程度ダメージが入ってんのかわかりにくいし加減もしにくい。
魔物相手にそんな気遣いがいらねぇのは分かってる。だが、どうにも苦手意識が拭えねぇ。
「……そうか」
ヘンリーは特に深追いせず、メモにさらりと何かを書き足す。
普段ならムカつくその無口さが今だけは有難い。
……殴る時に痛みがわからなくなったらおしまいだと思うなんて、言えねぇしな。
自然と地面に落ちたあたしの視界に、すっと一枚の紙が差し出される。そこにはまるで印刷したかのような几帳面な字が並んでいた。
「これは……?」
「今後の訓練予定だ。まずは体幹を鍛える。その後に身体強化魔法を習得してもらう」
紙を手に取り、まじまじと眺める。
この短時間で、ここまでびっしり書けるもんなのか……?
あたしが感じていた弱点はもちろん、言葉にできなかった微細な部分まで網羅されている。
やっぱりヘンリーをあてにして正解だった。これなら、前の体だった頃みてぇに……いや、それ以上に強くなれる。
「ありがとな、先生」
口元を緩ませたままヘンリーの方へ視線をやる。やつは変わらぬ表情でこちらをじっと見つめていた。
「これが俺の役目だ。問題がなければ直近の討伐遠征にも同行してもらう」
「望む所だ。実力を示せんなら早い方がいいからな」
そこで武勲をあげてノア様の隣に立てる強い女だと証明する。そうすればきっと、ノア様も私を選ぶはずだ。
ぐっと拳に力を入れる私をみて、ヘンリーは僅かに眉根を寄せた。
「やる気があるのはいいことだ。しかしお前は攻撃を避けず撃ち返す癖がある。討伐中は気をつけろ」
「相手がダウンすりゃあ一発で終わるだろ。んなまどろっこしいことしてられっかよ」
自覚はある。だが避けた後に追撃されないとも限らねぇ。確実に受けたらやばい攻撃は避けるが、そうでなければ一発喰らってでも相手を沈める。それが1番確実だ。
「俺は上官として部下の安全を確保する義務がある。危険な行動は看過できない」
ヘンリーは珍しく顔を強張らせる。その声は低く、有無を言わせぬ圧があった。
「……わかったよ。上官命令なら仕方がねぇ」
納得は出来ねぇが、今のあたしはこいつの弟子で部下だ。何か言えるような立場じゃねぇ。
「では、俺は会議に出てくる。報告はまた明日に」
ヘンリーは軽く頷いてからきびすを返す。
「あぁ、指導ありがとな。先生。」
その言葉に返事をすることもなく、スタスタとヘンリーは去っていった。
冷たい風が、1人になったあたしの頬を撫でる。
去っていく足音が、段々と小さくなっていく。
静かになった頭の中で、ヘンリーの言葉だけがぐるぐると巡っていた。
昔一度、似たようなことを言われたことがある。
『もう危ないことしないで。ジュリちゃんが心配なの!』
泣きそうな顔であたしを止めるあいつの姿。震えた声と、火傷しそうなぐらい熱い手の温もり。
あたしが拳を振るわなくなったのは、あの時からだった。
あいつが今のあたしをみたら、同じことを言ったんだろうか。あたしは、あいつとの約束を守れているんだろうか。
そんな考えを振り払うように、あたしはブンブンと頭を振った。
……やめよう、今は状況が違う。今のあたしには、闘う理由があるんだから。
『いつかジュリちゃんだけの王子様が現れるよ。ジュリちゃん強くてかっこいいもん!』
そうお前があたしに言ってくれたように、あたしはこの力でーーーあたしだけの王子様を、絶対に手に入れてみせる。
お読みいただきありがとうございます!
皆様の反応が励みになりますので、よろしければブクマ&評価お願いします!




