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第五十三話


『グオオオオっ!』


 大地を揺るがす咆哮、日に照らされた銀色の鱗。そのドラゴンの足元にはすでに体勢を整え直したノア様と、それをカバーするヘンリーの姿が見えた。


「ノア様、大丈夫か?」


「ええ。すみません、私のせいで……」


「気にすんな。こっから挽回するぞ」


 苦しげな声で返すノア様。励ましてやりたい気持ちはやまやまだが今はそんな場合じゃねぇ。とりあえず現状を把握しねぇと。


 ドラゴンの爪を身をひるがえしてかわしながら、目の前のデカブツを見上げる。


 皮膚の中に埋め込まれた赤く輝く龍宝玉。キラキラと輝くそれを睨みつけ、舌を打つ。


 どう考えてもこっから砕くのは無理だ。下から矢で貫くには角度がキツすぎる。向こうを向かせればなんとか行けるか? それとも、バランスを崩させて地上から割る?


 頭の中で戦略を練る。しかし、中々いい案が思いつかない。

 

 しきりに頭を動かすドラゴン。その度に、左目に刺さった矢が揺れていた。


「……! 先生! こいつの尻尾、切れるか!?」


 ヘンリーはドラゴンの爪をいなしながら、淡々と答える。


「隙さえあれば可能だ」


「あたしが引きつける! その間に左からまわれ! ガブリエル、ノア様、援護頼む!」


 異口同音にあたしの言葉に同意し動き出す三人。


 ドラゴンの視界に入るよう右側にまわる。バチリと合う目。開かれる口。その奥でまたたく、炎の気配。


「っ……!」


 進行方向をかえ大きく弧を描き移動する。左側を通り過ぎていく炎。熱さでちりちりと痛む皮膚を無視して、あたしはそのまま走り続ける。あたしを踏み潰すように出された足をひらりとかわし、地面を蹴った。


「グゥッ!?」


 靴越しに感じる硬い鱗の感触。大きく揺れる足元。それをものともせず、あたしはその背を駆け上がる


 あたしを振り落とさんと翼を広げるドラゴン。翼を開いた瞬間、その根に刺さる無数の矢。


「グオオッ!」


 それに怯んだドラゴンは苦痛の声を上げ、羽を縮ませる。矢に覆われ、すでにボロボロになっている左羽。あたしはその瞬間を見逃さずつばさに手をかけ、根本を折るように思い切り蹴り付けた。


 べキリと、硬いものが折れる感覚がした。大きく揺れる足元と、耳をつんざくドラゴンの悲鳴。


「うるせぇよ」


 だらりと垂れ下がったつばさをはなし、そのまま額へ移動しようとして――ぐらりと、大きく視界が揺れた。


「なっ……!」


 体勢を変えたドラゴン。滑り落ちる足元。空中でなんとか体勢を整えようとするが、それよりも重力の方が早い。


「「ジュリ!」」


 頭上と足元、重なる二つの声。ぼすりと、大きな音がする。叩きつけられるような衝撃はない。ただ、何かがあたしを抱えていた。


「大丈夫ですか!?」

 

「ノア様っ……!?」


 あたしが着地した先はノア様の腕の中だった。真剣なその表情に、どきりと鼓動が跳ねる。


「悪い、助かった」


「いえ。……貴女を支えるのは、婚約者である私の役割ですから」


「グオオオオっっ!」


 ノア様の言葉を遮るような、一際大きいドラゴンの咆哮。あたしは腕の中から素早く出て、音の方へと向き直る。


 そこに見えたのは――両断されたドラゴンの尾だった。でかいドラム缶よりさらに一回り太いその断面。それにも関わらず、ヘンリーは平然とそのままドラゴンを切り裂き続けていて。


 ……負けてらんねぇな。


 バランスを崩すドラゴン。撒き散らされるブレス。ノア様と別方向にバックステップでそれをよけたあと、ドラゴンの頭部へと直走る。


 前方に倒れるドラゴン。風を切り肉薄する鋭い爪。それを横に飛びよける。こちらを見据えるドラゴンの目。身長の倍ほどもあるその高さ。その喉元に、拳を突きつけかけ――視界から、ドラゴンが消えた。


「はっ……!?」


 急に開ける景色。暗くなる周囲。ばっと顔を上げると、そこには折れたはずのつばさで飛翔するドラゴンが見えて。


「まさか……回復した……?」


 呆然とつぶやくノア様の声が鼓膜を揺らす。


「……んなチート仕様、聞いてねぇんだけど」


 ひくひくと喉が引きつる。下からでもわかる、ぼこぼこと波打つ尾の断面。いずれあれも回復するんだろう。


 これが……S級。


 今までの魔物とは違うその力に、あたしはぐっと口を引き結んだ。


 飛翔するドラゴン。降り注ぐ矢をものともせず、素早くこちらへ滑空してくる巨体。


「っ……!」


 急いで地に伏せる。体を吹き飛ばすような突風。ゴッという何かがぶつかる鈍い音。


「ぐぅっ……!」


 そこに混ざる、苦しげなノア様の声。

 心臓が搾られるような感覚がした。体勢を整え、急いでそちらの方を見る。


「ノア様っ……!」


 右脇腹がひしゃげた鎧。口から流れる血。


 血の気が引く。その言葉の意味を、あたしは初めて知った気がした。

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