第五十二話
ドラゴンの死骸を確認してから、あたしは大きく息を吐く。
なんとか、やったか。
「グギャアア!」
耳をつんざくようなドラゴンの悲鳴。あたしはハッとして後のした方へ体を向ける。
そこにいたのは血まみれでふらつくドラゴンと、傷ひとつない状態で剣を構えるヘンリー。
光に照らされた真剣なその顔に、どきりと心臓が跳ねた。
……って、いやいや。何考えてんだあたしは。
「先生! こっちは終わった。加勢する!」
ヘンリーは一瞬視線をこちらに向け――ふっと、わずかに口角を上げた。
「必要ない。すぐに片付ける」
言い終わると同時に、ヘンリーは足を踏み込み一気に加速する。両手剣の重さと慣性を無視したかのような滑らかな連撃。風を切る音と反射した陽の光は、どこか幻想的な雰囲気すら感じさせる。
「グアァッ!」
放たれたドラゴンのブレスを最低限の動きで避け、そのままの流れで水平に放たれた一閃。
その輝きが、ドラゴンの体を意図も容易く切り裂いて。
「グ……」
ドラゴンは短く唸ると、どさどさと音を立て崩れ落ちた。
「……相変わらず強えな」
「お前も同じようなものだろう。A級をこの速度で討伐するのはエイダにも不可能だ」
「ま、宣戦布告したんだからそのぐらいはな。……にしても、そんだけ強えならあたしより早く倒せたんじゃねえか?」
いぶかしむような視線をヘンリーに向けると、やつはわずかに顔を赤らめ視線を逸らす。
「……お前が戦う姿に見惚れていた。あまり、良くないとは思うのだが」
「はぁ!?」
想定外の回答にあたしはびくりと肩を震わす。一度落ち着いたはずの鼓動が再び早まっていく気がして。
「っ……! と、とりあえずノア様たちんとこ行くぞ! 想定より早く倒せたが、どうなってるからわからねぇし!」
「あぁ、そうだな」
ヘンリーはいつも通り表情のない顔でこくりと頷く。なのにその目は、妙に熱っぽい。
あたしはそこから目を背け、もやもやとした胸の中を吐き出すように建物の壁を拳でぶち抜いた。ガラガラと崩れる壁。この空間から逃げるようにあたしはそのまま外へ出る。
急激に明るくなった視界に目を細めながらあたしは広場の奥を見る。
「なんだあれ……!」
短い草に覆われたバカでかいグラウンド、その奥に見える大きな影と、その上にいる銀色のドラゴン。
離れているはずなのにくっきりと形がわかるほどバカでかいそれ。その喉元で、きらりと何かが光る。
あれが弱点――龍宝玉と呼ばれる、ドラゴンのコア。
「グオオオオ!」
その咆哮だけでビリビリと体の表面が震える。さっきとは比べ物にならない圧。遠くに見える青い瞳は突き刺さるように鋭い。
この距離でこの迫力……なるほど、確かにこれは別格だ。
湿る手を無理矢理動かし、ガッと前髪をかきあげる。
「……上等だ。いくぞ、先生!」
「あぁ」
ドラゴン右側にそびえ立つ城壁。高さ15メートルほどのそこから矢で攻撃するガブリエル。ちらちらと見えるドラゴンの左翼の付け根にはびっしりと矢らしきものが刺さっている。そのせいか、一定以上の高さへ飛ぶことはない。
体当たり、爪の攻撃、それからブレス……移動スピードも早え。なんだあのバケモン。
相対するエイダはどこか足取りが覚束ず、心無しかノア様も疲弊しているように見えた。
こちらへすり抜けたブレスの残骸を避けながら、あたしは大きく息を吸う。
「加勢する! 待たせたな!」
「っ……! ジュリ!!」
10メートルほど先にいるノア様はこちらを見てパッと顔を輝かせた。
ビュンッ!!
その瞬間ドラゴンの尻尾が鞭のようにしなり空気を切る。
「危ない! ノア!!」
「っ……!」
その先にいたノア様。エイダは咄嗟にノア様を突き飛ばし、大盾で尾の攻撃を正面から受け止めた。
「ぐあっ……!」
グシャリとひしゃげる盾と、空中へ吹き飛ばされるエイダ。
「エイダ!!」
あたしは後方にいるヘンリーに一瞬目配せしてから、一気に加速し跳躍する。
そのまま空中で重力に従いかけたエイダを抱きかかえた。
「大丈夫か!?」
「ぅ……大、丈夫……で……」
腕の中で苦しげな表情を浮かべるエイダ。盾を持っていた右腕は関節じゃない部分で曲がっていて。
「喋んな!!」
頭が、真っ白になる。
あたしは可能な限り優しく着地して、端の方へと走り、エイダを壁にもたれさせる。
「お前、回復魔法使えるよな?」
エイダは肩で息をしながら、ゆっくりと頷く。
「あとはあたし達がどうにかする。ここで休んでろ」
「し、しかし……」
「しかしじゃねぇ! あのドラゴンはあたしが叩き潰す。あたしはお前に勝つ女だ。お前の穴はあたしが埋める」
「ジュリ……」
エイダは目を見開いてから、ふっと顔を伏せ笑う。
「……わかりました。あとは、頼みます」
「任せとけ。全部、あたしが守り切ってやるよ」
あたしはエイダに背を向け、ドラゴンに向かって駆け出した。
気にくわねぇものは叩き潰す。大事なものは全部守る。
それが、あたしのやり方だ。




