第五十一話
陽の光に照らされた軍の訓練場。壊れかけた壁に覆われたその中から、じわじわと異質な雰囲気が伝わってくる。
「では、作戦通りにいきましょう。……皆さん、準備はよろしいですか?」
ノア様の声が静まり返った空気を震わす。全員静かに頷き、目の前に鎮座する扉を見つめた。
大きく深呼吸するノア様。息を完全に吐き、力強く前を見つめ――一気に、両開きのその扉を開け放つ。
その音に弾かれる様にあたしはぐっと前に踏み出した。
「身体強化!!」
叫びとともに加速する視界。軽くなる体。あたしはそのまま直走り、ヘンリーの後に続いて渡り廊下の角を曲がる。
相変わらず早え。でも、今回はついていける。
3ヶ月前は目で追うことすらできなかったのに。その事実に、戦闘直前にも関わらずふっと口角が緩んだ。
その背中越しに見える開けた空間。扉もないそこから降り注ぐ明るい光に目を細め――あたし達は、武道場へと足を踏み入れた。
崩れ落ちた屋根と、ヒビだらけの壁。床は割れ、所々草が生えていた。その中央に鎮座する枝でできた鳥の巣みてぇな塊と、そこで寄り添う2匹のレッドミニドラゴン。
『グルルルッ』
ドラゴン達は鋭くこちらを睨みつけ、ゆらりと4つ足で立ち上がる。硬い鱗に覆われた3メートルほどの巨体。大人の身長ほどもある太く長い尻尾。目の上には二本の短いツノが生えている。
これ、打撃でなんとかなるもんなのか……?
そんな疑問が一瞬頭をよぎるがそんなことを考えている場合じゃない。どうせやるしかねぇんだ。
「右のやつは頼んだ。左はあたしが仕留める」
自分に言い聞かせる様にそう言うと、あたしはそのまま強く地面を蹴った。
生物の弱点は大体同じだ。粘膜か、関節か。さて、どうしたもんかな。
左側にいるドラゴンの口の中がきらりと光り、咄嗟に左に身を翻す。
ゴオオオォッ!!
凄まじい音と共に放たれる炎。先ほどまで自分がいた地面に黒い跡だけが一筋残っていた。
「……しゃれになんねぇな」
自分でも口の端がひくつくのがわかる。今まで見たことがない圧倒的な火力。一発当たれば即終了。
ひやりと、背筋に冷たいものが走った。
ブレスがあんなら口は無しだな。狙うなら目か? もしくは……鱗も皮膚も薄い、顎の下か。
ぐっと姿勢を低くして――一気に、距離を積める。
「グルゥッ!?」
前を見るドラゴンの視界の外。その真下。あたしはぐっとドラゴンの首根っこを掴み、そのまま弧を描くように振り回し、左奥の壁へと投げ飛ばす。
「グルァッ!」
凄まじい音を立てて壁に激突するドラゴン。そのまま魔力を一気に消費し、床に叩きつけられたそいつの元へと一瞬で加速する。
ドラゴンは足を折ったまま首をブルブルとふり、こちらに視線を向ける。すぐ目の前、視線の高さに存在する怒りに満ちた目と、その口に見える先ほどと同じ赤い光。
「うらぁっっ!!」
あたしは右腕でドラゴンの顎下を真上へ殴り飛ばす。拳に伝わる鈍い衝撃と、ミシミシと軋む骨の感触。
顔の動きに合わせ上方へ放たれたブレス。それは屋根のない天井をすり抜けて昼間の空を明るく照らす。
このまま一気に仕留める!
喉元を刈るように蹴りを放つが――ドラゴンはふっと翼を広げて後方へ飛翔し、すんでのところでそれを回避する。
「ちっ……厄介だな」
やっぱり羽を叩きおらねぇと。動きが予測できねぇ。
着地したドラゴンは唸り声を上げ、そのままあたしのいる場所へぐるりと回転して尻尾を叩きつける。
「っ……!」
地面を跳躍しギリギリで回避。直後、尻尾は壁を強打しガラガラと瓦礫がドラゴンの尾へと落ちた。
このままへし折ってやる!
あたしは瓦礫ごとドラゴンの尾を踏み締め、その背を一気に駆け上がる。
「グッ!?」
バサバサと動く赤黒い蝙蝠のような羽を左手で掴む。そしてそのまま左足を軸に一気に体を左に回転させ、右足で刈るようにその付け根を強く蹴り上げる。
べキリという鈍い音。固いものが折れる感触と、熱を持つ蹴り上げた足の甲。その痛みに顔を歪めながら、あたしはなおも止まらない。
ぐらりとバランスを崩したドラゴン。あたしは羽を投げ捨てながら上体を前方に倒れ込ませ、左手を目の上の角にかけ、右手をドラゴンの右の眼窩に捻り込む。
「グギャアアッ!!」
耳をつんざく悲痛な叫びと強くなる揺れ。あたしは顔をしかめながら、振り落とされないよう必死に眼窩に手をかける。グチュグチュというスライムのような感覚。その度に聞こえる悲鳴。
例えドラゴンだろうが爬虫類。頭蓋骨の構造は同じはずだ。それなら眼窩から頭蓋骨の中身へ到達することは難しくない。
このまま脳みそを全部引きずり出す。それが一番簡単に勝てる方法だ。
抵抗は、ある。だが――他に、勝つ方法が思い浮かばなかった。
ぐっとドラゴンの背を踏んで、少しずつ右手を奥へと捻り込む。その度に大きく揺れるドラゴンの背と、右腕を包む生温かく水っぽい何か。
その感覚にぞわりと鳥肌が立つ。
手段を選んでる場合じゃねぇ。3人だけでS級はきつい。早く仕留めてノア様達のとこにいかねぇと……!
あたしは奥歯を強く噛み締める。手を包む生温かい塊を掴み、そのまま力任せに引き抜いた。
視界の隅に映る濡れた右手と、臓物らしき白とピンクのどろりとした何か。
胃を掴まれたような不快感を飲み下し、あたしはそのままドラゴンの背から飛び降りた。
「グギッ……!!」
短い悲鳴が響き、びくんびくんとドラゴンの体が痙攣する。そしてしばらくしたあと、大きな音を立て、その巨体は床へと崩れ落ちた。




