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第四十八話


 暑さの残る馬車の中で、あたしは軽く息を吐く。

 

 今日はノア様との初任務だ。手を抜くわけにはいかねぇ。いつもよりさらに気合が入った朝だった。……はずなんだ。


「はあ……ジュリ……」


「……なんでお前がいんだよ、ガブリエル」


 馬車の右隣に座っているのは、ノア様ではなくガブリエルだった。相変わらず距離も近ければ声も甘い。


「当然だろ。他の男と2人きりの任務なんて許さない。そのために2週間必死に討伐したんだ」


「2人っきりじゃねえよ。部下たちもいるだろうが」


「そんなの居てもいなくても一緒だ。ジュリが俺以外の男と2人きりで馬車に乗るなんてあり得ない」


「お前なぁ……」


 ピクピクとこめかみが痙攣する。流石にいくらなんでも強引すぎる。


「ガブリエルは凄まじい剣幕で討伐していましたからね。ヘンリーも同様でしたが……」


 ノア様は複雑そうな表情であたしとガブリエルの間を見ていた。


「聞いた。明日もう1箇所の討伐も終わらせてヘンリーたちもこっちにくんだろ。……だから、ガブリエルも明日までそっちの討伐してるもんだと思ってたのに」


「色々あったんだよ。利害の一致が、な」


 なるほど、ヘンリーかエイダか、はたまたその両方か。そこに2人きりにさせない利益を話して説得したってわけか。……こいつ、本当にあたし関連ならなんでもすんな。


「ジュリのためなら俺はいくらでも戦える。……さっさと全部終わらせて、昔よく一緒に行った湖畔の別荘にでも行こう。そこで二人だけで過ごすんだ」


 ガブリエルはうっとりとした顔であたしの髪をすっと掬い、口づける。その動きにノア様の瞼がぴくりと引き攣った。


「……ガブリエル。ジュリは私の婚約者なのですが」


「ふうん、それがどうした? どうせ婚約破棄するんだろ。ジュリに新しい恋人ができた途端そう言うのは都合がいいんじゃないか?」


 恋人、その言葉にノア様はぐっと唇を噛み俯いた。


「誰がお前の恋人だ。んなもんになった覚えはねぇ」


「嫌なら拒絶しても構わない。それでもやめる気はないけどな」


「結局辞める気ねぇのかよ、よりタチが悪いじゃねぇか」


 ぐいぐいをガブリエルを押し退けるが効果はない。こいつどんどんしつこくなってんな……。


 ちらりとノア様の方を見ると、ノア様は思い巡らす様にチラチラとこちらを伺っていて。しばし口を閉じたり開いたりしてから、ぐっと、拳を握った。


「……私はジュリと、お互いを理解しようと決めたんです。今からでも、遅くはないと」


 ノア様は、ガブリエルの目をひたと見据える。


「ですから……ガブリエルがどれだけ本気だったとしても、その様な振る舞いは看過しかねます」


「ノア様……」


 真っ直ぐな青い瞳はまだ揺れていた。だが今までにない強い意志を感じさせるその眼差しに、あたしは息を詰まらせる。


「はっ、ジュリのことをちゃんとみてなかったくせに今更そんなことを言うのか?」


 ガブリエルは鋭い視線をノア様に向ける。

 しかしノア様は引くことなく、顎を引いてガブリエルを見つめ返した。


「見ていなかったから、です。私は……今度こそ、逃げません」


「お前がそう言うなら俺はそれ以上の熱でジュリを手に入れるだけだ。お前みたいな優柔不断なやつに、絶対ジュリを渡したりしない」


 バチバチと2人の間に稲妻が走る。何処までも張り詰めた馬車の雰囲気と重い空気。


 その空気を壊す様に、あたしは大きく息を吐く。


「やめろ。……この後は討伐だ。こんなとこで体力使ってる場合じゃねぇだろ」


「なら、俺が一番パートナーとして相応しいってこと、戦場で見せてやるよ」


ガブリエルは余裕の笑みを浮かべながらノア様を挑発する様にあたしの腰に腕を回そうとする。


「やめろっつの」


 あたしは右手でそれを防ぎ息を吐く。


 油断も隙もあったもんじゃねぇな。


「……ならば私も私なりに、ただ守られるだけではないと言うことを証明するだけです」


 ノア様は拳をぎゅっと握って震える声でそう言い切った。何処か弱々しいのに必死に抗う誠実で可愛らしいその姿は、あたしが憧れてきたノア様そのもので。


 あぁ……やっぱり。ノア様は、ちゃんとノア様だ。

 あたしが焦がれていた、あの。


 その事実に、自然と口角が上がる。


 もっとたくさんノア様のことを知りたい。そしたらこの気持ちの答えが見つかる。そんな気がした。

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