第五話 シスコン義弟と戦闘服
未だ見慣れぬ自室の鏡。その前で仕立てたばかりの服を着てゆっくり体を動かした。
厚みのある布のパンツと滑らかな質感の長袖シャツ。やたらと重厚感がある皮のジャケットも付いていたが、邪魔だったので椅子の上に置いたままになっている。
やっぱまだ動きにくさもあるが、あの布の塊に比べたらだいぶマシだな。
あたしは目線だけでチラリとクローゼットを見た。
この服が来るまでマジきつかった……。布はまとわりつくは暑いは動きにくいはで最悪なんてもんじゃねぇし。
あの服から解放されると考えるだけで、身も心も羽のように軽い気が――
「姉さん! 俺だ、開けてくれ!」
前言撤回。今すげぇ重くなった。
なんで今来るんだよ狙ってんのか?
ガンガンと叩き壊さんばかりに扉を叩くガブリエル。
「そんなに叩かなくても聞こえてるっつの。なんだよ今度は」
舌打ちしてから扉を開けると、またもやガブリエルはぴたりと動きを止めた。
なんかこいついっつもこんなんだな。
「用がないなら後にしろ」
明日から宿舎に移動する関係で、今日はただでさえやる事が多い。ガブリエルに構っている時間はねぇ。
「ま、待ってくれ姉さん!」
ドアを手で押さえるガブリエル。
なんか2週間前にも同じやり取りをした気がする。こりねぇなこいつも。
「どうしたんだよその格好!」
「はぁ? 訓練用の服がきたんだよ。別におかしかないだろ」
ガブリエルは今にも掴みかからんばかりにこちらをみつめていた。
「姉さんはどんな格好でも似合うがそうじゃない! 本当にそんな服でヘンリーに会うつもりなのか!?」
あたしは思わず眉をしかめる。そんな悲鳴じみた声でいうことか?
「そんな服? エイダも似たような格好してんだろ」
「エイダはどうでもいい! 今は姉さんの話をしてるんだ……!」
ガブリエルは顔を赤らめて目を伏せる。
「そんな……そんな、足のラインが、わかる服なんて……!」
「いやお前がスケベなだけだろ何考えてんだ」
ただの黒い長ズボンだぞ過保護か。ていうか18なのにいつまで思春期引きずってんだよコイツ。
「すけっ……!? ち、違う! 決してそういう邪な気持ちじゃなくてだな!」
明らかに狼狽するガブリエル。ここまでくるといっそ純情すぎて感心するわ。
「お前そんなこと言うためにここにきたのか?」
流石にこのまま服の話をされるのはダルすぎる。さっさと話を聞いて帰ってもらおう。
ガブリエルははっとした様子で、早口で話しだした。
「そうだ! 姉さん、本当に家を出るのか? ここからでも馬車で通えるだろ!」
必死の形相で詰め寄ってくるガブリエル。
そんなガキみたいなこと言うためだけにきたのかこいつ。さっさと扉閉めりゃよかったわ。
大きく息を吐いて、ガブリエルを見上げる。
「あのなぁ、あたしはノア様と結婚するために必死なんだよ。別の男といちゃついて、その上一つ屋根の下なんてって周りに言われてんの知らねぇのか」
「別の男……?」
ガブリエルは先程までの勢いはどこへやら、きょとんとした様子でこちらを見ている。
「お前の事だよ、ガブリエル。お前あたしにくっつきすぎなんだよ」
家の中でも外でも、時間があれば常にあたしの元へ来る。あんなわかりやすく噂されてんのになんでわかんねぇんだよ。その耳は飾りか。
ガブリエルは分家から後継として貰われてきた人間だ。ジュリアンナの実弟じゃねぇ。噂が立つのも当然だ。
「俺のこと……? え、でも姉さん、今男って……?」
みるみるうちにガブリエルの頬が赤く染まっていく。その腕はプルプルと震え、ドアからゆっくりと離れていった。
「とりあえず、わかったらしばらくあたしに寄るんじゃねぇ。いいな!」
その瞬間を見逃さず、あたしはばたりと扉を閉めた。
「……ね、姉さん! 待ってくれ! どう言う意味なんだ!」
フリーズが解けたガブリエルが再びドンドンと扉を叩き始めた。その音を無視して、私は荷物を整理し続ける。
……にしても変な反応だったな。今更気がついたわけじゃねぇだろ。
ゲーム内のガブリエルルートではジュリアンナがライバルキャラ扱いだった。だが……あの反応はなんだ?
赤い顔、不自然にフリーズする動き。そして扉が閉まる瞬間に見えた、今まで以上に熱っぽい視線。
もしかしてあいつ、自分がジュリアンナにどんな感情抱いてるのか気付いてなかったのか?
……なんか、しくじった気がする。
止まないガブリエルの声を聞き続けながら、あたしは1人頭を抱えた。
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